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May 2009

装飾と犯罪の時代背景

On
by 卓 坂牛

アドルフ・ロースなる建築家が1908年「装飾と罪悪」という論考を書き、その題名が示す通り20世紀初頭の無装飾モダニズムデザインの端緒を切り開いていった。当然当時のユーゲント・シュティールその他の様式、装飾デザインを敵に回したものの時代はロースに追い風だった。
デザインをやるものならバイブルのようなこの本は実は思いもかけない言葉で始まる。「人間の胎児は、母の胎内にあるうちに、動物界の発展段階をすべて経験するものだ」。これは19世紀後半に唱えられた進化論以降に進化論が誤って適用され、しかし広く流布した反復説に他ならない。それは「個体発生は系統発生を繰り返す」というもので、簡単にいいかえれば、生物は自らの進化の歴史を成長の中で繰り返すというものである。そしてそれが、劣性(黒人、女性、犯罪者など)な人種の成人は優性(白人など)な人種の子供に等しいという差別理論につながるのである。
さて装飾と犯罪に話をもどすと、反復説で始まるこの論理は反復説で劣性とされるパプア人や犯罪者は刺青をするそして刺青は装飾である、よって装飾は未進化の人間すなわち犯罪者の行為であり装飾は犯罪という具合に展開する。
さてロースは反復説とともに同系ダーヴィニズム理論に大きく影響されたと思われる。それはチェーザレ・ロンブローゾの『犯罪人類学』である。これは1876に著されその内容は、未進化の形質を持った人種は未進化ゆえに現代社会に適応できず犯罪を犯すというもの。そしてその主張は犯罪者の人体計測によって行われた。また彼は医学、生理学的見地からだけではなくやや社会学的見地からもこの主張を行った。すなわち劣等人種の声の質、刺青の有無と罪を犯すことの間に有意の相関関係を主張した。このこともロースの理論には大きな影響を与えただろうことは想像に難くない。
帰宅のバスで『人間の測りまちがい』を読みながらロースを思い出した。