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Dec 2013

東さんの羽根木プロジェクト

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by 卓 坂牛

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午前中のワークショップのクリティークを終え、午後レネと一緒に羽根木の集合住宅のオープンハウスにお邪魔する。設計は東利恵さん。去年市ヶ谷で個展をやられたときに大きな模型で印象的なプロジェクトだった。現代の集合住宅とは思えぬ和風(的)なデザインと木の多さが印象的だった。
その後たまたま僕の研究室の学生が卒論で世田谷の森を残すプロジェクトのリサーチを行った。その中に羽根木で行われてきた坂さん、大江さんのプロジェクトも調査された。この東さんの仕事もその延長線上にある。そんなわけで興味津々でやってきた。この写真でも十分分かるように樹齢の古い木がそのまま残されたり、移植されたりしてこの通り建築が木に隠れて見えないというような状態である。東京とは思えない風景にびっくり。

日本に公共空間はあるか?

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by 卓 坂牛

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公共性には三つの属性があると斉藤純一は述べている。①開かれていること(openness)②多様性が担保されていること(variety)③人と人の間に関心が向けられること(in-between)(斉藤純一『公共性』岩波書店2000)。なるほどそうなるとやたらと規則でがんじがらめの日本の公園と言うのは公共性がやや希薄なのかもしれない。
槙文彦はスーラの「グランドジャット島の日曜日の午後」で人々が皆違う方向を向いて公園の中で自然に混ざっている姿が都市の自然な風景だと言っていたそうだ。つまり個も群も両立する空間ということである(馬場正尊の『公共空間のリノベーション』学芸出版社2013)これはまさに斉藤氏が言う多様性が担保された空間であろう。
振り返って日本の都市の公共空間と言われている場所は上で言う公共性が担保されているのだろうか?デモをするとテロだと言う人が政府の要職を務めているようではとても怪しい。この人にとっては限られた思想をフォローする人にのみ開き、多様性を排除し、国家の像を投影する場所として公共の場所がイメージされているわけである。これは公共性ではなく国家の共同性の押しつけでしかない。
レネが面白いことを言っていた。デンマークでは自転車は道路のどこに置いても許される。のだが最近お店などが駐車禁止の看板を出したりする。しかしこれは違法であるという。なぜなら道路は公共の場所だから。こんな理屈は恐らく日本では通用しないだろう。つまり日本にはヨーロッパ的な公共性はやはり希薄なのである。日本のそれはpublic ではなくofficialと言う意味での公なのである。

レネと自転車で回る東京

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by 卓 坂牛

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デンマーク王立アカデミーのレネ先生を迎えてのワークショップ初日、大学院生約10人3年生も約10人それに2年生数名。10時からレネの英語のオリエンテーション。分かっているのかどうかが分からないが前へ進む。教える方はレネと僕と呉さんと田谷君。誤さんと田谷君は外国に長く住んでいた人。僕を含めて教える方はかろうじてインターナショナルなのだが学生はドメスティック。それは仕方ないことだが、それを仕方ないで済ましてしまってはこんなことをやっている意味がない。自分をグローバルにしたい人は自分の殻を破って努力をしないといつまでたってもドメスティックなのである。ドメスティックでいたいならいつまでもそうであればいい。グローバルになりたい人はこのワークショップを機会に自分の枠を広げてもっと自由にそしてもっとチャレンジしてほしいものである。殻の中に閉じこもっている人はいつまでたってもそういう人でしかない。
問題は英語力ではない。そうではなくて違う文化の人間に自分の言いたいことを日本の文化の枠組みを超えて相手の分かるだろうロジックを組み立てられるかと言うことなのである。
がんばってほしい。

安部公房の椅子

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by 卓 坂牛

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その昔、自作の建物でアートイベントをした時、近藤一弥さんにインスタレーションをお願いした。安倍公房の著作装丁などを手掛けてきた近藤さんの作品は安倍公房の部屋。建物の中に入れ子でもう一つ部屋をインストールした。そんな近藤さんから解体近い安倍公房自邸の記録をお願いされた。今後何らかの形で再現する機会を作りたいとのこと。研究室の学生10人を引き連れ安倍邸にやってきた。名だたる文人、芸術家が集まった応接間、趣味の写真を現像した暗室、伴侶真知さんのアトリエ、そして書斎。家を見るとその人となりが分かるとはまさにこんなことなのだろうと感じた。
書斎には脚の短い、茶色のビロードでくるまれた椅子が作り付けの机の脇に置かれていた。彼はその椅子を机と並行に置き、膝の上に画板を置いてその上で執筆していた。決してその椅子が机の方を向いていることは無かったそうである。

レネと学長を訪問

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by 卓 坂牛

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○藤島学長を表敬訪問
明後日から始まるワークショップの先生レネ・クーラルは「学長特別外国人招へい研究者」として来日した。というわけで先ずは学長を表敬訪問し、学長の前で30分ほどのプレゼンを行った。彼はデンマーク王立アカデミーの准教授でありかつ王立アカデミーの一研究機関であるスポーツ・建築研究センターの所長でもある。スポーツと建築と聞くとスタジアムの専門家と思う人が多いがそうではない。健康で豊かな生活を生み出す日常のエクササイズを誘発する建築・都市環境を考えるという意味合いである。そこでの彼の専門は自転車である。自転車が街を健康的にサステイナブルにし、そして自転車が街の新たな体験を生み出すというわけである。
彼と話をしていてバートレットのプログラムヘッドであるイアン・ボーデンを思い出す。彼は自転車ではなくスケートボードである。レネにイアンの話をしたらとても共感していた。

素適なインスタレーション

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by 卓 坂牛

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昼からの講義を終えて一昨日来日したレネと研究室で会う。明日は学長の前でプレゼン12日からレネが指導する自転車の街づくりワークショップが始まる。そのための事前打ち合わせ。それを終えてm2、4年のゼミ。終わると8時。月曜日はタフである。昨日あたりからかなり寒くなってきた。金町駅で暖房の効いた待合室に初めて入ると菖蒲をモチーフにしたシートが壁面のガラスに貼られている。ドアのわきに説明があった。芸大の学生によるインスタレーションのようである。なかなか見事。

グランルーフ

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by 卓 坂牛

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東京駅八重洲側のグランルーフを初めて通った。きれいな屋根である。八重洲の町から見ればちょっと新しいタイプの駅のファサーである。設計をした日建の亀井さんが言っていた。八重洲側は両サイドに高層ビルを建てて間は何も作らなかった。その理由は東京湾からの海風を遮断しないようにとの配慮から。早稲田の尾島先生のアドバイスだったそうだ。なるほどここを風が抜けていくのか!だからルーフの下端は空きがあって風が止まらないようになっているのかとも思った。ルーフの下端は下から上がる壁と接合していた方が八重洲から見た時は納まりがいいのだが、それは風を抜かせる配慮なのかもしれない。

金町建築トーク大森晃彦・松隈洋

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by 卓 坂牛

理科大建築学科に大森晃彦さんを特任教授としてお招きして早速金町建築トークなる新しい企画を立ち上げていただいた。初回のゲストは松隈洋さん。新国立競技場を考えるというお話。現国立競技場の歴史を踏まえた考えさせられるお話しだった。
僕は以前より二つのことが問題であると考えている。一つはオリンピックとは何を目的として行われているのかということ。オリンピックと言うもともとスポーツの祭典がいつしか経済復興あるいは国威発揚に利用されてきた。世界が戦後復興にしゃかりきになっているときは未だそれも許せる。しかし経済成長が2%を下回るような時代にそういう視点でオリンピックを行うのはおかしい。
まだこれから伸びる中国やブラジルならありうる話と思ってもみたが先日ブラジルで聞く話はだいたいがオリンピックに否定的で貧富の格差をもたらす以外の何物でもないという言い方なのである。そう思うと日本の今の経済成長の中であれだけのお金を投入してさてそんなものが今後の日本によく作用するとは思えないわけである。
さてもう一つのことは誰もが言うようにあのコンペの要項書は誰が作ったのかという問題にからむ。おそらくあの要項を作るためには誰かが疑似設計をしているはずで、それができる組織は民間の設計事務所かゼネコンである。どことは言わないが民間の会社であり彼らにしてみれば巨大で大きな金が投入されるものを作る方向に手が動くはずである。それは仕方ないことである。設計事務所や施工会社が作るのを止めて現国立競技場をリノベしましょうなどと言うわけがない。いやお役所でさえ経済活性化を狙うのだからなにかどで買いお金を動かしたいわけである。となれば発注側と受注側の利害は一致して誰も批判することなくあの要項書はできてしまったと思われる。そこがおかしい!!!オリンピック施設のおよそすべて、コンペコンペ外を問わず、第三者機関がチェックをするべきだった。いや今からでも遅くない。すべての予定建築をチェックすべきである。

文庫本小説

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by 卓 坂牛

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最近この人の本をよく読む。文庫本の小説は気楽でいい。軽いし、小さくて鞄の中で場所取らないし、風呂で読んでも手が疲れないし、混んだ電車でも読める。そうやって読んでいると本を酷使して読み終わるとだいぶ痛む。
この小説の主人公は出版社の編集長。過酷な仕事をこなしながら癌と戦っている。つい自分に置き換えてしまうのだが果たして癌を宣告されたら平常心で生きられるだろうか?

修士の設計課題講評会

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by 卓 坂牛

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6時から修士の設計課題講評会。日建亀井さんと山下さんが指導するスタジオ。前期の藤原さん小西さんのコンセプチャルなスタジオと真逆な超プラクティカルなスタジオに学生は右往左往しているのがよくわかる。本当はここに構造の人も入れて4万㎡の実施プロジェクトの様な課題をやってみても良かったと言う気もする。社会に出たときのギャップを学生時代に味わっておけばもっと学生時代と社会とがつながるだろうと思うからである。
まあこれだけ面倒くさい課題に対してそれなりによくやったと言う気もする、、、、甘いかなあ?