「機能的であること」 換気塔の設計について
東京湾横断道路は全長15kmで川崎市と浮島と木更津を結ぶ。浮島から10kmは海底トンネルでありそこから5kmが橋梁である。このトンネル部10kmの中央に直径200mの川崎人工島がありその上にここで紹介する換気塔が設置されている。
川崎人工島換気塔の検討・設計は1978年に開始された。検討の当初は個々の構造物のデザインもさることながら、全長15kmの中に散りばめられている東京湾アクアラインの景観を構成する主として4つの構造物、すなわち本換気塔、浮島換気塔、木更津人工島、橋梁の全体景観の構成について議論が行われた。検討にあたっては景観検討委員会が設置され日建設計の基本案についてさまざまな角度から意見を頂くという形をとった。
この議論の末、東京湾を航行する船舶および羽田に着陸する飛行機からの視界に最も印象的に立ち現れてくる場所であるという理由から、本換気塔を15kmのアクアライン全体の中で景観のへそにすることを位置づけた。言い換えれば、アクアラインのシンボルとしてのシンボル性と東京の玄関としてのシンボル性を川崎換気塔に付与することとした。それは例えば、自由の女神やシドニーのオペラハウスのような都市の玄関としてのマークであった。
しかし、現代の東京に何がシンボルとしての有効性を持ち得るのだろうか。もしあるとするならばそれは、メガシティの残像として果てしなく高いか果てしなく長いかといったことしかありえないと感じた。しかし羽田の航空制限下にあるこの塔はすでに130m以上のものは工事中も含めて建造不可能な状態であった。
そこで景観検討委員会を含めた設計チームにおいてこのテーマに対して含意されたことは、自由の女神のようにかたち自体の意味を問うことではなく、シドニーのオペラハウスのようにかたちをつくるための技術を問うことでもなく、換気塔という機能の効率を最大限に向上させるかたちをつくるということであった。不要なものを排して、機能に徹底したかたちを求めるというのは言ってみれば機械の設計態度に等しい。いわゆるシンボルによく見られるnarrativeな態度とは対極をいくわけだが、ポストバブルの構造物のあり方の1つを象徴しているのではないかという期待を持つに至った。
この考え方が定まり、まず排気口周辺に負圧を発生させる仕組みを考えた。その末東京湾では南北方向に卓越風が存在することに注目し南北軸に2枚の円弧状の羽を立て、その2枚の羽の間にこの卓越風を通すことで負圧を発生させることとし、その羽面に排気口を設けることで負圧による排気の誘因効果を期待することにした。
円弧の曲率、高さ、2枚の羽の間隔を決定するために風洞実験を行い、そこで得た貴重なデータをもとに2枚の羽のデザイン案を検討した。
この段階で人工島本体の中に納められる予定の機械室を換気塔内に設置する方向でプログラムが変更となり2枚の羽は機械室を納めるべく、2本の塔とし蓋をすることとした。蓋は水平でも問題はなかったが、別に設置されているレーダー委員会の調査で、上向きに斜めはレーダー障害を減少させるのに効果があるとの話も聞き、各々塔内に必要なミニマルなスペースを残し円筒を斜めに切断することとした。ここにおいて機能的な2本の塔の輪郭ができあがった。
最後にこの2本の塔を12°傾けた。傾けたことは、前述した機能的であることとはなんら関係がない。あるとすれば、この構築物の機能を成り立たせている、風を暗示するという意味においてである。
基本設計案が固まったところで後述するようにさらに緻密な風洞実験、コンピュータシュミレーションを行いショートカット排除、排気による壁面汚染の排除などを模索し最適な排気口の位置、形状を決定しながら、実施設計を1995年に完了させた。
初出:『建築技術』1998年3月号