「書評 意味の重層を読む」
(アンソニー・ヴィドラ―著今村創平訳『20世紀建築の発明』鹿島出版会2012書評)
本書の狙い
本書は建築史家アンソニー・ヴィドラ―によるモダニズム分析の書である。原題はHistories of the Immediate present: Inventing Architectural Modernismであり直訳すると「建築におけるモダニズムを発明した直近の歴史」である。モダニズムの「建築」では無く建築における「モダニズム」に重点が置かれていることに注意したい。すなわち、本書はモダニズム概念の生成過程を詳らかにすることを狙い、それは建築家のマニフェストを下敷きに、それを読解、喧伝した建築史家による意味の重層上に生成されるものとして描かれる。
そうした歴史家として著者はエミール・カウフマン、コーリン・ロウ、レイナー・バンハム、マンフレッド・タフーリを選択した。彼らが発する意味は主として、カント以来の自律性、マニエリスムと形式性、20世紀テクノロジー、技術と文化の分断などである。重層する意味の分析対象が4人とはやや少ないようにも見えるが、彼らの主著は30年代からポストモダニズム前夜までを網羅しておりモダニズム分析としてある意味の輪郭を作り得る。
モダニズムの学び方
私が学生の頃、まさにこの4人を中心にモダニズムを学んだ記憶がある。学部前半でギーディオン、ペブスナー、バンハムなどを読み、主要な建築家を頭に入れた。ロウ、タフーリが訳出されたのは学部後半から院の時代。この頃になると彼らを生みだした過去に目が向く。それへの明快な解答を提示してくれたのはカウフマンだったがその訳本が出たのは院修了後の1991年のことであった。
この本は過去と断絶しているかに見えたモダニズムを視覚的には新古典主義の延長上に、哲学的にはカント以来の自律性の上に並べて見せてくれた。切れていたものを繋げてくれた。
この連続性がもっともなことかどうかは正確には分からない。しかし例えば、ポスモダニズムとポストモダニズムにおける表層の「断絶」の裏にある「連続性」から1世紀前を類推的に理解してみた(アイゼンマンが言うようにあくまで留保つきではあるが)。
ポストヒストリー時代の他律性
著者は4人の建築史家によるモダニズムを紹介した後で、「ポストモダンもしくはポストヒストリー?」という章を設けている。そして進化論的な文化路線の上に乗ったモダニズムの終焉を進化の終焉=歴史の終焉とみなし、それ以降を「ポストヒストリー」という概念で捉える。自律性を標榜したモダニズムは進化論的な自己生成のメカニズムを内在させていたが、ポストヒストリーの時代にはいりこのメカニズムはもはや機能しにくくなってきた。ヴィドラーは機能不全からの脱出方法を具体的に示してはいないがアイゼンマンは序文でなお建築の自律性の可能性に言及している。それは興味深いことでもある。しかし時代は「自律性」の背後に隠れていた「他律性」を呼び寄せていると思われる。すなわち人や自然との協調の中で建築が生成されるということである。しかし、モダニズム批判でいつも気を付けなければいけないのは白を否定して黒を目指してしまうことである。そうした失敗を我々はすでに80年代に経験している。今求められているのはおそらく白でも黒でもないグレーであり、自律と他律の共存なのである。
初出 『建築技術』2012年10月号