対談「素材と建築デザイン」[坂本一成氏との対話]
坂本一成
[東京工業大学教授]
坂牛 卓
[建築家、O.F.D.A.アソシエイツ]
奥山信一 (司会進行)
[東京工業大学助教授]
本稿は2001年8月23日[木]に坂本研究室で行われた対談の模様を、『華』編集部(担当:山崎)がレポート・編集したものであり、文責は編集部にあります(敬称略)。
素材をめぐる現在の建築デザインの状況
奥山 今回のテーマは「素材と建築デザイン」です。「素材」というのはかなり広い概念で、いわゆる建築材料といった実体としてのエレメントという意味も当然ありますが、今日はその範囲を少し越えて、「物質性」と「空間性」というような水準で建築デザインと素材がどう関わってくるかということをお話しいただきたいと思います。
まず現代的な状況についてですが、最近銀座にレンゾ・ピアノのエルメスのビルができましたが、あの全面を覆うガラスブロックの使い方には、あの建築の表現的なレベルが集中していると思われます。また、そのすぐ近くに青木淳さんが設計したルイ・ヴィトンがあり、ガラスという素材の新たな可能性が示されている、といえると思います。
そういう意味で現代の建築的状況というのは、素材というものの扱い方とけっこう密接に関わっている。まず、そのあたりの実感からお話しいただけたらと思います。
坂本 奥山さんの今のお話から、今日のテーマは「素材と建築デザイン」つまり建築の表現の問題ということになりそうですね。それでは、この座談が『華』に載ることから、始めにおことわりしておくことがあります。当然のことですが、基本的に建築材料は即物的・機能的なもので、強度とか耐久性とかといったエンジニアリングの課題が前提にあるということです。そのことを学生たちには知っていて欲しいと思います。これからの話はそれを前提としたデザインの話として進められるということです。
近年、奥山さんが例に挙げたような建物に限らず、テクスチャーも含めて材料が持っている物質的な性格、たとえば光は通すけれども視線は通さない材料といった、素材の性格的な面に特に注目した建築が多く見られます。また金属や木材の質感といったことを大事にすることもあります。この10年来のスイスの建築の評価には、素材が持っている「物質性」みたいなのものとの関係があるような気がするし、また技術的な問題との関わり方で評価されてきた所もあると思います。しかし、技術的に新しい展開をしたということで評価されるわけではなくて、それをいかに建築の「表現」と重ねることができたかということで評価されると思うのです。
そういう意味でレンゾ・ピアノのエルメスに関しては、大きなガラスブロックをあれだけ大量に使ったものは今までなさそうな気がするし、また外側に支持材を見せないで大きな一枚の面で構成していることが感覚的に新しい建築と見ることもできる。あるいはパリのピエール・シャローの「ガラスの家」を思い出しますが、それと比べて内部空間の質の違いも感じさせてくれる。そういう意味では、素材自体ががかなり大きく空間に影響して、それが決定的にしている建築だと思います。
坂牛 ヴィトンもエルメスも見まして、坂本先生と同様の感想を持つのですが、それ以前にもヘルツォーグが出てきたあたりから非常に「素材性」というものを意識的に表現に据えた建物が増えています。
そのあたりの素材性というものを人間が構築するものとの対比で捉えたヴァレリーの考え方は示唆に富んでいます。ヴァレリーは神秘的な領域で語られていた詩を徹底して技術的に作ろうとした人ですが、人間の技術、あるいは作る意志でできたものに比べると、そこからはみ出したもの(彼はそれを「自然」と呼ぶのですが)の方がはるかに複雑であると「芸術についての考察」に書いています。
それを建築にあてはめてみるなら、建築家が作った「形式」に比べると、その作る意志からはみ出た素材自体が持っているものははるかに「複雑」であり多様だということです。近年の素材性は、実はその多様性を見せているという風に僕は感じます。その意味で単に素材性というのではなく、素材の「質料」を見せている。そういう「質料性」というのは、モダニズムのさまざまな表現領域の中で随時噴出してきていて、その1つが建築でいえば70年代のポストモダンだったかもしれません。しかしあの時には、とくに日本では歴史主義に回収され、「質料性」のようなものを誰もきちんと議論しなかった。それが再度明確に素材というかたちで出てきているのだと思います。
たとえばヴィトンにしても、ガラスの上の模様は装飾という感じ方もあるかもしれないけれど、ガラスが透明なものだというある種の習慣的な概念を一度捨象して、もう一回その「透明性」あるいはガラスの見えなかった局面を抉り出すためにああいう方法を取ったのではないかという気がします。ヘルツォーグたちの材料の使い方も、材料のCTスキャンのように意図的にその中身を切り取って見せている感じがします。
奥山 坂本先生は、「建築的な表現」と「素材自体の問題」という言い方をされましたが「建築的な表現」というのがどのような内容を言い当てていらっしゃるのか、もう少しお話ししていただけますか?
坂本 材料の物理的な性格によって、適材適所に配分されることによって建築ができているはずと冒頭に言いましたが、実際はそう単純ではないわけです。もしそうならばすべての建物が同一の材料になってもおかしくないわけです。でも実際にはそうならないということは、違う物が使われたり違う使われ方をされることで空間自体の意味や性格が変わってくるからです。実はその意味や性格が変わってくること自体が建築の「表現」になっている。だから新しい材料・素材は、ただ見出すだけでなく、空間化されることによって「表現」になるわけです。その表現に現在多くの関心が向いているのではないかということです。
ところで、僕はどちらかといえば空間的な構成が前提にあって、「この材料を使ったらどんなものができるか」ということを考えることはあまりなかったと思います。まず空間構成のイメージがあって、その空間を作るために一番適切な材料を選ぶというスタンスをとるわけです。まずそれは耐久性など性能の問題として決まってくるわけですが、その中で一番自分のイメージと合う材料に、材料の物的な性能以上の「社会」が与えてきたさまざまな意味・イメージが問題になるわけです。たとえば大理石は普通では使えない高級な材料だとかといった、そのものの機能的・用途的な意味とは異なる別の意味が付着しているわけです。建築を作るときに物的な性能と同様にその社会的意味が空間を仕切るわけで、それをコントロールする必要があるし、ある時にはそれを排除することが必要なわけです。だから材料に付着している意味の操作をすることが、素材の操作であったという気します。
奥山 坂本先生は設計活動を始められた1960年代後半に、「閉じた箱」ということを最初に言われていましたね。それは空間の形式を端的に表していると考えていいと思うのですが、それとほとんど同時期に「乾いた空間」ということを表明されている。その「乾いた空間」とは形式の問題ではなさそうで、場所の空気なのか雰囲気なのか。だけどそれを作り出しているのは実体としては素材や物質かも知れない。
先生はイメージしている空間があってそれに差し障りがない素材を選びたいとおっしゃりながら、どこか素材自体がもたらす質みたいなものも同時にイメージされているはずだと思うんですが、その辺はいかがですか。
坂本 確かに、ほとんど同時に「乾いた空間」を求めたいと言っていたのです。それは空間や形式がどうであろうと材料によって作られていくある種の空気で、雰囲気による空間と言ってもいいと思うんです。
「閉じた箱」という形式をクリアに表現したいために感覚的に乾いた空間と言ったわけですが、乾いた空間というのは、そのものが何らかの「意味」の綾織りによって作られるような感性による空間ではなくて、そこから独立した「閉じた箱」という空間の形式が即物的にあるような場所、そういう空間にしたいということが「乾いた空間」という言い方をしていたのだと思います。
空間性(形式性)と物質性(質料性):坂本先生の作品を通して
坂牛 この間「水無瀬の町家」(cf.1)に行き、例の「やりっ放しコンクリート」を拝見しました。そしてその外観がいわゆる記号論的な建築の読み方を前提とした上でそれを拒否していると感じました。もう少し言うと、あれを普通の人が見ると何でできていると思うかと考えてみたのです。一応コンパネの割りが見えるからコンクリートと思うか?と思いつつ、一般的なコンクリートの無機的なテクスチャはほぼ皆無で、むしろ有機的な生物のしかも病気の皮膚のような表情をしている。しかもコンパネは波打っている。銀色に輝いているのを見ると金属パネルかなと思いつつ、これだけベコベコのパネルはないと一般人は思うだろう。これはまさにある形式をちらつかせながらそう見せないという、社会が付着した意味をはぎ取る一つのやり方ではないか、ということを感じました。
坂本 意図したわけではないのです。意図したわけではないけれども、当時コンクリートの建物をやる機会のない小さな町の工務店であれば、あの状態に近いことになるだろうという予測はないわけではありませんでした。でも予測以上でした。実際にコンクリートが打ち終わって、施工者もこれはないでしょうと、自分たちも恥ずかしいからモルタルで仕上げさせてほしいと。で、そこでの決断がたぶん自分の考え方のそれからの方向を決めたことになると思うんです。かなり迷ったのですが、これでいいのだと結論したわけです。
これでいいとしたことが何なのか。きれいに仕上げた時、そのきれいに仕上げたという表現に対して違和感を感じたわけです。それはコンクリートというのは打ち方によってはまちまちのものだと。だからといってジャンカができて防水の対応ができない技術的な問題があれば困るわけですが、それさえクリアしていれば問題ないとの結論です。このような状態はある程度想定されていたわけですから、銀ペンキの塗装は最初から仕様に入っており、そのことでそれなりに相対化する、つまり単にやりっ放しだけでもないということです。結果的には一つの表現ですが、ただその表現も赤ペンキで塗るといったより積極的なものではなくて、どちらかといえば地味な、下地になるような塗り方でいい、という考え方だったと思います。失敗は失敗なりに自分側をコントロールすることによって納得し、考え方を確かにすることだったと思うんです。
坂牛 あの時代、荒いコンクリートの表現はブルータリズムという切り分けができたと思うのですが、それをまた拒否する銀ペイントだったというのはありますよね。
で、何で外壁が銀なのかということについて、「代田の町家」(cf.2)を作られたときに坂本先生は水無瀬の話を持ち出してきて、いわゆる「途中の状態」を作りたいと書いている。ある色で塗ってしまえばその意味が強すぎて、そうじゃない意味を持った色はモノトーンになると。グレーならいいけれど自分の気分としてはシルバー、シルバーっていうのは工事の防錆塗装みたいなもので、ある意味では途中経過みたいな色だからそれが最もその意味を付着しにくいのではないか、ということを書かれています。
奥山 ある意味での「未仕上げ感」なわけですよね。たぶん坂本先生は空間性が先にあると言いながら、自分の肉体的な感覚としてはけっこう最初から実体のものと向き合っているんですよね。先生は最初に作られた「散田の家」(cf.3)とか「登戸の家」(cf.4)のあたりは、ある意味でオーディナリーな材料の扱い方をされていて、まさしく先生がおっしゃるように空間の形式を作れればいいという感じだったと思うんです。それがその次の水無瀬の町家の時に素材そのものと切実に向き合う状況が生じ、その後いくつかの住宅では、乱暴なというよりは過激なモノの扱い方をされるようになった。水無瀬の町家以降のいくつかの住宅ではモノと向き合う姿勢と空間を獲得する意識がほとんど同じレベルで同居していたと思うのですが、いかがですか。
坂本 散田の家は、最初の設計段階では木部に全部OPを塗る予定だったんですが、施工者が材木屋さんだったために桧の良い材料が入って、そのためペンキを塗れなくなったんです。ですから表現としては幾分かの不本意な結果ではあるんです。ただあの建物では「閉じた箱」という空間の形式を実現することが主題だったわけですから、その塗装を省くことに妥協せざるを得なかったと思います。
それ以降はよりコントロールすることになります。たぶん特に意識したのは代田の町家で、それこそ大理石をわざわざ使うような操作を始めるわけです。その時は「未仕上げ感」という意識はなかったと思いますが、ただ最終的なテクスチャーが出てくることによってそのものが完結すること、あるいはそのことによって作られる物質感に固定されることへの嫌悪感がありました。あのときの文章に、空間的なボリュームの形式さえできればインテリアデザインを他の人にまかせても良かったかもと書きました。
いま未仕上げ感と言われて、なるほどと聞いたのですが、たしかに「House SA」(cf.5)とか「Hut T」(cf.6)など最近のものはかなり未仕上げ感が強いと思いますし、それは意識しています。未仕上げ感って何かというと、完結性の排除ということですが、また「時間」の問題、未仕上げ感というのは時間を含み込むような感じがします。
坂牛 続いて個別の話をしていくと、「祖師谷の家」(cf.7)とSAの黒い床がとても印象的で、SAを見たときにどうしてああいう流れるような空間を作りながら、祖師谷の時に多木さんが言ったような、昔の農家を思わせる真っ黒い床、そういうメタファーにさえなるものをあえて使うのかと感じたんです。そのときに思った結論は、先生のある種の「日常性への希求」みたいなものがあって、建築家が何かものを作る、その建築の意志がどこかで人間の日常感を壊していくところが少なからずあると先生は感じているんではないかと。
ある批評家がヴァレリーについて、形式を徹底的に追いつめた所にその限界と邂逅するのは宿命であると説明しているけれども、これはすごく坂本先生にもはまる気がしています。これほど形式という問題を考えている建築家だからこそ、その先にある人間が作り出すものの限界を超えたものとしての「日常性」に突き当たらざるを得なかった、とあの素材を見たときに思いました。それはたぶんさっきの未仕上げ感にも通じてくるわけです。「そこまで僕は手を施さない」というような意識でしょうか。
奥山 確かに祖師谷の家はそれ以前の住宅に比べて物質的なレベルでのソフィスティケーションを感じますよね。ベニヤで全部作ってしまうという家型の連作(cf.8)での徹底したやり方や「散田の共同住宅」(cf.9)における空間形式だけを追求していく方法から比べると、素材レベルでの洗練を少し感じるんですよね。
それは坂牛さんがおっしゃったように日常性というレベルの問題なのか、それとも坂本先生がおっしゃる二次的な意味というのが時間的経過の中で変化した問題なのか。80年代初頭という社会的・建築的状況、あるいは坂本先生御自身の活動の軌跡とも絡んでいるような気がしますが?
坂本 即物的な言い方をすると、黒い床にしたというのは空間の重心を下げたいということだと思うのです。けれど坂牛さんが言われたような意味合いもないとは言い切れません。
祖師谷の家は理解していただきにくい建物ですね。あの住宅は70年代の終わりから設計が始まり80年代に入ってすぐできたわけですが、日本においてのポストモダニズムが言われた時の建物です。黒い床と腰から下の黒の壁を一体化する形でその場を支えているのに対して、壁の途中から天井までの覆いの部分は白い、そういう構成であの建物全体を一体化している。つまり細かく分節された部屋があるときに、どのように全体の統合を成立させるかが重要だったわけです。装飾と意識していたわけではないんですが、結局下方の黒と上方の白という対比が全体に拡がることで建物を纏めるという考え方がポストモダニスティックな対応だったと言えるかもしれません。
また、少し前から家型ということを考え始めるわけですが、人の住まう場所は建築としてどう成立するのだろうかという検討のなかで「家の形だから家なんだ」という一種のトートロジーで、それ以外の他の意味を排除した。その家型でいくつか住宅を作ってきたわけですが、祖師谷の家はさらにその家型の完結性を壊し始めた時期ですね。家型を断片化して家の形でありながら家の形ではないという操作を始めた。祖師谷の家は幾何学形態の三角形とかヴォールトの組み合わせでできていますが、そういう意味で非常に操作的です。その操作性が、奥山さんが指摘したような洗練性だと見ることもできるかもしれない。しかし結局その操作は何なんだろうかと一方で思い始めるわけで、その面倒な操作をやめようということに次第になっていく。ある意味でこの住宅は家型の最後だと言えるし、家型を相対化し始めた出発点だと言うこともできる。いま床の問題を言われましたが、そのときに素材は操作の手段として利用したと言えそうです。
奥山 面白いですね。空間の形式がまずあって、それに差し障りのないような物質を選ぶんだと最初の頃おっしゃっていながら、今のお話の場合は形式を補強するために物質的な性質を利用している、という床ですよね。
坂牛 つぎに全体についてですが、初期の頃からHut Tまでを含め主要な建物を見せていただき、これらの仕上げの特性を「オールオーバー」という言葉で表現できると思いました。たとえば代田の町家や水無瀬の町家の外壁は全部銀で塗っている。それから3つ造られた家型のシリーズの内部は徹底してラワンが使われて、ほとんど床も壁も天井も全部同じ材料でできているように見えるし、Hut Tも非常にそういう感じを受けました。
この全体があるひとつの調子によって作られる(オールオーバー)ものを見ることの効果について、ある美学者がモネの「睡蓮」の絵を批評してこう言っています。それまでの風景画とモネの睡蓮の違いは、それまでの風景画には遠景・中景・近景という形式があったのに対し、モネの睡蓮は画面のどこへ行っても睡蓮なわけで、それを見ているといわゆる筆使いとか色とかにどんどん吸い込まれていく。つまり形式がないからそこからこちら側も意味を切り取りにくいという現象が起きてくる。そこでは見る者の視点がどんどん多中心化して、どこかにぱっと吸い寄せられない、その時には、記憶とか連想とかいろいろな関係性以前に「視覚」が前景化され、視覚が記憶を吸収する状態になる。坂本先生の建物を見たときも、このオールオ-バーな表現は意識的か無意識的かに関わらずあるなあと感じます。非常に多中心化していくわけです。例えば「南湖の家」(cf.8)で家具が全面的に作られていたときに、どこかに僕らの視点が特定されることを拒否しているわけです。見るものが意味を汲み取ることを拒否しようとしているともいえるわけです。
奥山 空間では分節を求めるけれど素材では無分節を圧倒的に指向するという、矛盾することを同時にやろうとする、それは何なんでしょうか。
坂本 物性的な意味からいえば、壁と天井あるいは床には性能的に差があるけれども、たとえば外部で雨に曝される所で必要とする性能と比べればその差は小さいわけです。だからそんな差は等価で、差なんてなくていいし、それぞれの材料を変える必要はないということになるわけです。
たとえば具体的な生活に対応するような用途とか場とかを検討していけば空間的には分節をせざるを得なくなる。さっき祖師谷の家で多くの部屋を取らざるを得なかった、それをどうやってまとめるかが問題だったと言いましたけれど、そのようにどんどん分節化されていくのに対して、その分節を止められる、あるいは逆にそれを統合させるのは単一の素材で広げていくということだと思います。
奥山さんがおっしゃった、空間的な分節をする一方で素材的には無分節の方向になるというある種の矛盾、それはまさにある方向を取るときにその逆方向を重ねることで作られる、空間の宙づり感に関係がありそうだと思いますし、それは坂牛さんがおっしゃった「多中心化」ということ。確かに特定な場所をクローズアップすることで作られるヒエラルキーをできるだけ避けたくて、その場を等価にすることで多中心化させるということなのかと思います。それから「視覚が記憶を吸い込む」という、とても面白いですね。われわれが時間を持ちたい時は何らかの形で記憶ということが可能性を持つような気がする。それは後ろへの時間ですね。さっきの未仕上げ感っていうのは先への時間ですね。SAではその対応があった気がします。
奥山 その物質のもたらす意味のようなものですが、社会がどのように物質が持っている意味を許容し、対応してくれるか、それは「現代性」という問題と関わるかもしれません。それが先生が仕事を始められた60年代後半から70年代あたりと現在とでは、かなり異なっているような気がします。
それは建築の文化的な側面だけじゃなくて設計組織や施工組織をも含めた上での生産的な問題だと思うんです。たとえば、坂本先生が仕事を始められた60年代後半はハウスメーカーがそんなに大きな脅威ではなかったはずですが、70年代後半から80年代、そして現在では住宅生産のかなりのシェアを占めている。また住宅といえばハウスメーカーという意識は一般の人たちの中でかなり擦り込まれているし、そこで使われている素材がもたらす物質性というのは我々建築家が住宅を設計するときに常に突きつけられる問題です。
坂牛さんは日建設計という日本で一番大きな組織で都市的な規模のハイグレードなものに携わっていらした。その後、現在では個人のアトリエを作られて、日建設計の時とは違った、住宅的なものを素朴なレベルで作らなければならない。その両方を体験されて、社会の中で流通し、僕たちが相手にしなければならない物質性をどのようにお考えになっているのか。坂本先生は、いくつかの公共的な集合住宅など、戸建住宅とは建築生産のシステムが全く違った設計をする時に、先生がそれまで試みられてきた物質の扱い方が通用したのかしないのか、そのあたりをお話しいただきたいと思います。
坂牛 例えば100平方メートルの住宅を作ることが100字の詩を書くことで、1万平方メートルのオフィスビルを作るのが1万字の論文を書くことだと考えてみます。言葉というのは、何か書きたいと思ったものを言葉にして文節にして文章にする。建築の作業にそれは似ていて、建築を作るある意志があって、材料を部材にして、それが合わさって構成部材にする。これは文章でいえば文節みたいなもので、その構成部材が全体として組上がって文章になり建築になる、ということだと思うんです。
さて、大きな建物には技術で解決しなきゃいけない問題が住宅よりはるかに多いという宿命があります。その技術は誰が持っているかというと、大きな事務所はそれだけのノウハウを持ちきれなくなっており、分野ごとの専門メーカ-が開発研究を重ねストックしています。ですから組織の文章は意図を言語化するところからメーカーに多くを負っているのです。もちろん詩を書く住宅建築家も制度的な言葉を持ってきてそれを並べているわけですが。問題はその先で、その言葉の組み合わせ方、つまり構成部材の作り方が論文の場合はルールが多い。要求技術レベルが非常に高くて建築家の力だけではできないということが多く発生します。一方、詩を書く人たちはそのあたりはかなり自由です。その昔は日建設計みたいなところの技術力は相対的に高く、優れた先輩方がどんどん作り込んでいった。そういう中では、パレスサイドビルなんか見ればわかりますけど、言語にするところから建築家がやっています。ただ建物への要求水準は上がるわ法規は複雑になるわで、建築家はオールマイティを要求され、技術はメーカーにということになってきているように思います。
坂本 住宅もかなり部材に分かれて製品化されてきて、その部材をどうアッセンブリーすれば全体ができるか、ということに設計の重心が移っているところがかなりありますよ。そういう意味では時代自体が良い悪いは別としてそういうところへきていることは事実なんでしょうね。
奥山 たとえば「熊本市営託麻団地」(cf.10)は公共の大きな仕事で、松永安光さんと長谷川逸子さんと坂本先生の三者の設計が、ひとつの敷地で共存する作り方でした。あのとき多木浩二先生が来て、空間の形式ではなく、モノ自体が訴えかけてくる水準で「露骨に坂本さんのテイストが出ていますよ」という言い方をしていました。長谷川棟には長谷川さんのテイストが出ていると。同じグレードを要求された公の仕事であってもそういう実体に対する感覚的な表現があらわれてくるところが僕は面白いと思うんです。さきほど坂牛さんがおっしゃったように、大きな仕事の場合、組織ではその表現が均質化する可能性があるわけです。坂本先生はそれほど意識されていないとおっしゃるかもしれないけれど、いくつかの仕事を振り返ってみてどのようにお考えですか。
坂本 たとえば集合住宅のような規模の大きなものは、1つのディティールのミスが大きく影響するわけで、それはたぶん量産化するような住宅でもそうです。たまたま1つの建物の1ヶ所のミスが、1つの建物だったらそこだけの問題で済むわけですが、それを100個集めれば100箇所となるわけで、そういう技術的な確かさの問題が常に裏側にある。そういう意味で大きなものになればそのプレッシャーは強くなってくるでしょう。ただ、建築設計がアッセンブリーに近づいているといっても、やっぱりアッセンブリーの仕方のうちに、社会に対してその空間がどうあるべきなのかの反映があると思うんですね。ですから奥山さんがテイストと言ったけれど、選択の範囲で出てきますね。
坂牛 もちろんティストという部分はありますが、素材に対して社会が与えた意味というのは大きい。たとえば木は自然なもので温かい、石は重厚で高価なものだというような記号的な意味は、設計者が意見する前にクライアント側が強く意識しています。それは、大企業の建物が社会を相手にしているからです。その意味で大組織事務所は社会制度の歯車として今や抜けきれないところがある。戦後すぐのような状況下の時はたぶんお互い記号性が非常に希薄で、1から素材を吟味していけたと思います。しかしその後組織事務所は、素材の記号性を頼りにクライアントを教育してきて、その教えたことからまた逃れられない。自分たちで制度を作ってきましたからそう簡単にそこから抜け出ることは難しい。
奥山 坂牛さんはそういう経験された後で独立し、住宅を作り始めているわけですけれど、そのへんの感覚どうですか。
坂牛 住宅の場合も特にこういう住宅・建築ブームの世の中においては、当然クライアント側が材料に付着した意味を知っているというのは同じだと思うけれど、会社が作ってきた制度に縛られるということは無い分だけ、気が楽になったと思います。
建築デザインの中での素材の役割
奥山 最近作の「連窓の家」を例にお話しいただけませんか?
坂牛 特に直接「質料性」を見せたいという強い気持ちはないし、物質の意味をはぎ取るという坂本先生ほどの積極的な意志もないわけですが、コンクリート打放しのように二次的な意味が強い材料については、補修材をスポンジでたたいて一見おしろいを塗ったようにして、発生する意味を希薄にしようとしています。しかし、もう少し積極的にしないと自分の表現が霞むというのは感じます。
「質料性」を自分の中で意識している部分があるとすると、そういう断面を見せたり中性化するということ以上に、ある質料がいつもと異なる形式の中で違った姿を見せるという現象の部分です。「連窓の家#1」(cf.11)あるいはそのつぎの「連窓の家#2」(cf.12)は「窓」というのがテーマで、ガラスが持っている「内と外を切り分ける」という既成の形式に対し、内部にも同様の形式で延長されていくことでこの意味が少しずれてこないか、ということを考えています。それとこうした新しい「質料性」によって空間の分節に別の可能性を見出したいと考えました。
坂本 窓がそのまま内部空間的な場に入っていくわけですね。普通は空間的な分節と対応しているんだけれども内部まで来ているから、本来ならば外部で成立していることが内部化することで開口の意味が変わってくるということですね。そのことは物質的に形式をフォローしているということですか。
坂牛 このガラスが内側に入ってきて2つの空間を分節しているわけですが、そのときに本来ガラスが持っている雰囲気や社会的に持っているものが違う見え方をしてこないかということを期待しています。
奥山 間仕切りだけでガラスを使うのなら素材だけの問題だけれども、形式が物質を伴いながら入り込んでくる、というところが坂牛さんの狙いなんでしょうね。
たぶん坂牛さんや私の世代だと、モノがかなり記号化されてきている生産システムの中で設計を始めたために、坂本先生が長年考えてこられたような空間の形式と物質性を対立させる思考がなかなかできない気がするんです。たぶん坂本先生ご自身もいま住宅を作りながらその辺を感じられていると思います。ですから未仕上げ感についても代田の町家や家型のベニヤの住宅でやられていた方法とは違う意味で、今はまた先生が別な未仕上げ感を作られているような感じがします。つまり「意味を消す」のではなく、素材そのものを使いながら意味を発しないような使い方を先生は始めているという感じがするんですが。
坂本 以前は意味の零度に近づけることは可能だと考えていた気がする。ところがその後零度なんてないんだと。零度に近づけるということは、逆に現実の中に宙づりにすることで、結局意味としては零度と同じことになるのではないか。そういうことで、素材をそのまま使うこともあるだろうし、それはそれなりの意味を持っているけれどそのまま漂わせたってかまわないと。それは、これだけアッセンブリーに頼らざるを得ない状況の中で、既成のものの選択によって、意味の宙吊りを生じさせる方向に変わってきたと思うんです。
それはアルミサッシュが出た当時感じたことではありますね。僕は割合早くからアルミサッシュを使っているんです。使える既製品はできるだけそのまま使おう、ただその使い方が問題だと。たとえば掃き出し窓に使うべきところをそうではないところに使ってみたり、そういう方法によって違う意味の中にそれを持っていく。あるいはそれによって曖昧に、宙吊りにする。
坂牛 全くそれと同じことを僕はHut Tの中に見た思いがしたのは例の構造の部分で、本来構造材で壁に隠蔽されるはずの2×10が内側に入ってきたときに、しかもあれは家具のようにしつらえられているから、ぱっと見では構造材ではなくて家具に見えるわけです。これは一種の2×材が持っている社会的な意味をはぎ取っている。形式によってその物質に与えられた意味をはぎ取っているということだなと感じたんです。それはさっきの掃き出しのサッシュを上に付けるとかそういうことと非常に似たやり口で、やっぱりあるところでやり方を変えている。
坂本 もちろんそういうことのためにやっているわけではなくて、コントロールしながらも結果的には設計をしているわけです。
ところで現代の建築のあり方の1つとして、その物質の「断面」の中に可能性を見出していこうという今日の話は重要です。僕はこれまであまり関心を持ってこなかったけれども、その可能性を否定しているわけではない。もちろん何かのあたえられた素材を最大限に利用してやろうというのはいつも基本的なスタンスの中にあるわけですから、素材を与えられるというチャンスがあれば、試みたいと思います。
初出:『華』22 autummn-winter 2001-2002