歴史の使い方 How to use history
日常の設計において、歴史の意味と意義について考えている。また歴史家の名著の翻訳を通じて、歴史とは何かを学んでいる。そこで本論では歴史家から学ぶところをまとめた後に、建築デザインにおける歴史の使い方を論じたい。
1歴史の生まれ方
・エピステーメ
最初にモダニズムの発生起源を探る一つの試みであるエイドリアン・フォーティーの著書、『言葉と建築―語彙体系としてのモダニズム』(坂牛卓+辺見浩久 監訳 鹿島出版界2006原著:2000)を瞥見してみたい。本書は建築のモダニズムというイズムがどのような言葉によって構成されたのかを明らかにする書である。その第二部では具体的に18の言葉(語彙)を選びそれらが誰によっていつから建築の説明において使用されるようになったかを調べ上げている。そこからわかることは、モダニズム建築において重要とされる概念、例えば機能、構造、空間、形などがいつから建築において重視されるようになったのか。言い換えれば我々が現在、当然視している価値観はいつからデフォルトになったのか?そしてこの本で選ばれた18の言葉を含めた概念のネットワークが最終的にモダニズムの知の枠組みとなったことを描いているのである。フーコー的に言えば建築モダニズムのエピステーメーを描き出しているのである。
・言葉
モダニズム建築の物としての特徴を明らかにした書はいろいろあるがそれを支える概念の発生起源を分析した書は少なく本書はその代表的書である。そしてここで注目しておきたいことはモダニズム「建築」は「言葉」によって支えられているというメカニズムを示したことである。言い換えると建築デザインというパトス的な行為が「言葉」というロゴスの領域を介して生み出されているという仕組みを教えてくれたことである。このメカニズムが長い建築史のいつにおいても適用できるわけではないがモダニズム期では少なくともそうであった。その理由の一つにはおそらく科学を憧憬するこの時代の多くのジャンル同様に建築も科学的であろうとし、整然と論理的に言葉で説明されるべきものとなったからであろう。
・他ジャンル
さらにフォーティーの分析が教えることは新しい言葉は、医学、生物学、言語学、社会学、などの他の学問分野から借用されたという点である。これは建築を含むモダニズムアートの成立起源としてよく言われるジャンルの純粋性、自律性というテーゼに実は建築はある部分同調していなかったことを示している。つまり様々な概念が他のジャンルから輸入され建築は造形芸術と足並みを揃えているようでそうではなく、前節で述べたように科学的憧憬に加えて複雑な新たな時代の要求を機能的に消化していくにあたり、ジャンルの純粋性だけでは自らを構築できなかったのである。それは逆にいうとモダニズムが極めて知の広い広がりの中で形成されてきたということでもある。言い換えると、冒頭述べたようにモダニズム建築が当時のエピステーメの中で生まれたということに他ならない。
2歴史の選び方
前章ではモダニズムの言葉に光を当てた。では次に言葉が重要だとして一体なぜある特定の言葉がモダニズムを作った言葉として生き延びたのだろうか?誰がこの言葉を大事な言葉として大切に後世に伝えたのだろうか?そんな疑問を解き明かす一助として現在私達が翻訳中のマーク・ウィグリー著『白い壁、デザイナーは着る――近代建築のファッション: White Walls, Designer Dresses The Fashioning of Modern Architecture』(MIT press 1995)を瞥見しよう。
・歴史編纂
ウィグリーは過去と断絶するモダニズムを象徴する「白」、あるいはそれを標榜する建築家と「色」に象徴されるそれまでのファッションとしての建築、あるいはファッションデザインをしている建築家を対比させ、歴史の中で前者が選ばれていく歴史的過程を描いている。曰く「ほとんどの「近代の」建物で提案された多様な色彩による表面を無視しようする絶え間ない労力」によってファッション的建築は歴史として選ばれなかったと説明する。またそうした歴史の描き方を歴史編纂(hisotoriography)という言葉で表し、この書の役割としてこうした歴史編纂の「複数の死角に着目し、通常置き去りにされてきたものについて、歴史編纂を問いただすことである」とし、それによって歴史の「全体像なるものを成立させるために何が排除されたか」を示そうとした。
・社会
ウィグリーはこうした歴史の全体像を描いた主要な歴史家としてジーグフリード・ギーディオンを挙げている。しかしではモダニズムの歴史編纂は彼のみの手中にあったのかと言えばもちろんそんなことはない。歴史編纂に絡むダイナミクスは歴史家の強い牽引力によるところもあるがそれ以前にその歴史家が目標とする、あるいは目標とせざるを得ない地点を示す社会の大きなうねりがあったはずである。それは言って見れば前章で言及したエピステーメである。そしてその時代のエピステーメを見つけ出し、それに向かって傍流を切り捨てメインストリームを選びとる能力が歴史家の歴史家たる所以なのかもしれない。
3歴史の使い方
歴史の発生のメカニズム、歴史編纂のダイナミクスを知ることは、建築家として歴史の使い方を考える上での基礎でもある。しかしもっと具体的に歴史は建築デザインにどう使えるのかを議論する機会がかつてあったのでご紹介したい。
・過去の発明
2012年の9月15日、16日に中国南京にある東南大学において第三回の現代建築理論の公開討論会が行われた。テーマは “Invention of the Past”(過去の発明)、趣旨文にはこんなことが書かれている「・・・建築を学ぶ中で建築史はどういう役割を持つのか・・・歴史のリサーチはデザインワークに無関係という主張がある・・・建築教育の中で建築的過去は現在我々が直面している問題、疑問に関して創造的役割を持つのか?・・・」こうした趣旨説明をもとに世界の名だたる大学などから建築家、歴史家が集まり議論が行われた。もちろん一つの結果が出るはずもないし、一般的な歴史の活用術というよりかは、中国建築を例にとり、共産主義時代やプレモダンの建築遺産を前にして中国建築の現在を作るために過去はどう捉えるべきなのかという議論に展開していた。しかし歴史の活用術を歴史家と建築家が一堂に会して具体的に議論する場は貴重であった。
・story
その時の議論ともなったがhisory はstoryと同語源であり、スペイン語:historiaやフランス語:hisoireではこれらの言葉に歴史という意味とともに物語という意味も含まれている。
歴史は過去の物語を含意する、裏づけある無形の伝承、記憶を含むということである。そしてそうした無形の過去に我々は夢と想像を張り巡らすのだろう。しかし建築を作る時に全ての建築の場所に無形の過去が備わり、それを知り得るとは限らない。そんな時に我々が依拠できるものは何なのだろうか?
私はそのフォーラムのレクチャーで、自分の設計では敷地に先在する「物」の価値を重視するということをお話しした。物語はその次である。建築が建築としてその場所の歴史と接続していくためにはその歴史によって生まれた現在(そこに在る物)と接続することを第一に考えるべきである。もちろんそこに確固たる物語がある場合はそれも検討に値するであろう。そして過去を背負った敷地にモデルニテ(現代性)を刻印していくことが建築の次なる歴史を作りあげる。と考えている。
歴史に対する建築の態度をプレモダンから概観するなら、ネオゴシックと言う過去への憧憬からモデルニテを重視するモダニズムがあり歴史主義を標榜したポストモダニズムがあった。そして現在は?歴史をどう扱うかと言う問いが投げかけられている。私が言うその場所にある物を受け取ることは過去と現代を融合させる方法だと思っている。
ここまでの議論でモダニズムが生まれる仕組みとしてのエピスーテーメの存在、そしてそのエピステーメが歴史編纂の価値付けを左右したことを学んだ。言い換えると歴史は一つではなく数多くあるものから選ばれたものである。その選択基準は時代のエピステーメによって作られる。そして現在私の設計では過去が作り上げた敷地に先在する物を根拠にし、「今」を刻印していくことであると述べたがではこの「今」とは何なのか?その時に一章、二章で見た通り、時代のエピステーメーが歴史を誘導することに留意したい。つまり今とは今この時この場所のエピステーメにほかならないのではなかろうか。そしてそれこそが我々が歴史によってしか学ぶことができないものであろうと思っている。
『建築雑誌』2020年3月号所収