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Aug 2006

空間否定

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by 卓 坂牛

午後事務所に東工大の奥山さんと鹿島出版会の川島さんが来所。2時から7時頃まで延々新たな住宅論の本の企画の確認をした。篠原先生の遺作を最後に据え、70年代にデビューした建築家へのインタビュー5本ととその弟子の世代の論考10本をまとめた本を作ろうというもの。先生の死去に伴い企画を変えるかどうかという会議だったが、変えないでこのまま行こうということになった。内容の確認とギャラ、写真代などかなり細かいところまで打ち合わせ。しかしスケジュールは僕が論文で多忙なのと先生の遺作が来春着工ということもあり、インタビューも来春。出版予定は再来年の1月である。できたら教科書にできるような本になると思う。
ハイデッガーの「建てること、住むこと、考えること」の井上君の訳を読み直した。『言葉と建築』に書かれていたことを再確認する意味で。「建てることは、直接的にも、間接的にも、決して空間そのものを形づくるものではない」という言葉。ハイデッガーの空間否定が直接的に言い表されている。上記住宅論でも結局、空間の取り扱いに世代の意思が現われるはずである。篠原先生は空間だった。その次の世代は空間から生活になり、そしてその弟子の世代は?やはり空間ではもはや無い。

アキバ

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by 卓 坂牛

朝面白い工務店の社長と会った。筒井康隆の家も水島慎司の家も作ったと言っていた。クライアントの既存家屋の施工業者なのだが、本気で頼む気があるなら、本気で値段下げると言う。「どうしてこんなに高いのか自分でも分からない」という変った社長であった。
一昨日クライアントに除湿機を買ってくれと頼まれた。そこで夕刻行ったことがないということもあり、秋葉原のヨドバシカメラに行ってみた。夜10時までやっている。その上床面積の大きなビルなのでびっくりした。しかし除湿機というものはほんの少ししか置いてなかった。在庫はないが種類は多い。その上少し機能的ヴァリエーションがある。こりゃお手上げ。自分で選ぶしかないのではとクライアントに言ってあげよう。
秋葉原でラーメン食べて帰宅。
新らしい住宅を「角窓の家」という名前にしたが10+1のオープンハウス情報にアップされたようだ。ご覧くださいhttp://tenplusone.inax.co.jp/archives/2006/08/29140058.html

ネゴ

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by 卓 坂牛

朝一の新幹線で軽井沢に。去年竣工した別荘の改善工事の確認と費用のネゴを行う。8時に行って現場見て、工務店の事務所に粘って2時までいて金額のネゴ。現場所長はもと北野建設の工事部長でプライドがある。そもそもこの工務店は軽井沢の3本の指に入る有名なところで、林雅子の仕事は一手に引き受けていたようなところ。なかなかこちらの(クライアントの)理屈を「はいそうですか」と飲む相手でもない。こうなれば「うん」というまで帰らないぞという態度で昼食もとらず粘る。最後はもう僕の顔をたててこの線でお互い納得してくれと、所長に頭を下げ、クライアントにも電話をする。
帰りの新幹線では論文の草稿をひたすら読みひたすら朱を入れる。朱だけでもとの原稿が読めなくなりそうだ。文章というものは建築以上に書いたそばからとても不安にかられる。自信がないからだろうと思う。そう言えば昨晩コンペの打ち合わせを学生と12時頃までやっていた。最近建築家していない僕としては久しぶりに建築を考えた。やっぱり建築は楽しい。この間クライアントの一人に「坂牛さんは将来的には学校の先生になるんですか?建築家になるんですか?」という鋭い質問をされ言葉に窮した。僕としては両立させたいのだが。
昔バイオリンしていたころ、たまに本当のプロに公開レッスンを受けたことがあったが、本当のプロは弟子を取っていないものなのである。教える時間があったら練習するものだと言っていた。本当のプロになれない人が大学の先生して食いぶちを稼いでいるのであった。建築家もそうなのだろうか?林昌二もその昔断ったそうだし、噂では、磯崎さんだって、伊東さんだって断ったと聞く。

k-projectの発表

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by 卓 坂牛

朝から見積書と睨めっこ。どう敵を落とすか?最近敵が多すぎ。こちらの弾をよけるとあちらの弾が飛んできてそれをかわすと、後ろから飛んでくる。戦意を失う前に少し隠れていないとやられてしまう。
10+1のオープンハウスビデオが完成したという電話。サイトに仮にアップするので見てタイトルを決めてくれというのだが、これから大学なので長野から電話すると言い残し事務所を出る。長野に着いて用事を思い出す。盗まれていた自転車を取りに遠くの交番までタクシーで行く。本当に遠い。その上あれこれ書類を書かされて時間を食う。タイトル早く伝えなければとあせる。木島さんに電話してコーナー窓の家と提案。するとそれは少し平面的窓のイメージが強いと言う。というわけで時間もないので角窓の家ということで10+1に伝える。jtからもメールがはいる。jtの今度の発表(11月号)では第三者が建物を見てその方と対談するという趣向らしい。さて見てくれる方がきちんと建物を理解していただけるのだろうか?

文献表

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by 卓 坂牛

論文の文献表を作った。建築のモノサシの参考文献があったので楽ではあったが、書式を変えたのでなかなか時間がかかった。やっとできたがもちろん網羅されていないし、不要なものも多々あり、未だ時間がかかりそう。とりあえずアルファベティカルにエクセルでソートした。これを見ると150冊くらいなのだが、最終的には200冊くらいだろう。たしか『言葉と建築』の文献表は600冊くらいあったような気がする。なんともフォーティーは博学だ。

建築家という仕事

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by 卓 坂牛

一年目検査をした建物の駄目工事を一日監督。今日は余り暑くなくそれはそれで楽なのだが、塗装のやり直しをしていたら夕方雨が降ってきた。完了できずに今日は終了した。また月曜日である。日建時代、こういうことは監理部の仕事だったのだが小さな事務所ではボスはなんでもやらなければいけない。防水屋さんと相談し、塗装屋さんに塗り直しを頼み、大工を励まし、現場所長のいない留守をまもり、クライアントと雑談し、力仕事も手伝って、掃除もする。事務所戻れば金計算し、仕事もとってきて、スタッフの給料を貯金をくずして払い、それでも頑張る建築家という仕事は大変なもんである。林昌二さんが言っていたが、雅子さんが若いころ林さんのボーナスの日に会社まで来てそれをまるごと持っていったとのこと。スタッフの給料を払うためだそうだ。やあよくわかる。

建築の大きさ

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by 卓 坂牛

ラスキンはこんなことを言っていた。「実際のところ、どれほど不都合なことがあるにしても、大きさはそれだけで何か決定的な価値をもつ・・・」
バックミンスターフラーはこんなことを言っている「ほとんどの建築家は、自分の設計した建物がどれほどの重量をもつのかを少しも考えていない」
そしてエドモンド・バーグはこう言ってる「無限には、心を喜ばしい恐怖で満たすという傾向がある」
という一の連言葉はアバークロンビーという人の『芸術としての建築』第一章「建築の大きさ」の中に引用される。僕の考えている建築の大きさについて同様の考えを持つ人がやっといた。ただこれを近代につなげるのと、単なる大きさだけではなく、大きさと小さの対比の中庸を説くのが僕の主旨。

団塊の世代

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by 卓 坂牛

小阪修平の『思想としての全共闘世代』を読んだ。面白い本だった。60年代というのは僕等にとっては知っているようで知らないもの。でも現代の思想の原点のように僕等の世代は感じている。だから背伸びしてその時代を垣間見たい気になる。アートだって、建築だって、どうもこのあたりに原点があるように僕等は思っている。でも本当のことは分からない。そういう時代なのである。その時代を大学で過ごした人たち、つまり団塊の世代の言葉を本当は聞いてみたい。でも聞くと急に偉そうに構える屈折、転向全共闘世代をうざったく思っている僕等の世代の人間は山のようにいる。
この本は真摯にその時代を生きた小阪の自己の内面がさらりと書かれている。もちろん実感したり共感できたりはできないのだが歴史の1ページとして素直に読める本だった。

ブログとか日記とか

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by 卓 坂牛

ブログはやはり日記とは違う。余り本当のことは書けない。人に見せるものなのだから仕方ない。そして見られることを前提にしてるから自分を美化する傾向がある。人のブログを見ていてもそう思う。そんなに格好つけなくてもいいではないかと思うブログもある。建築家の○氏のなどは結構面白く読んでいたが、だんだん鼻につくようになってきた。僕のブログも無意識に格好つけていたり、偉そうになっているから、胸糞悪くなる人も多くいるだろう。まあそんな人はもう読まないだろうけれど。
ではブログとは一体なんの為に書いているのだろうか?備忘録・自己顕示欲・一日の節目、僕の場合この3つの合計みたいなものだと思う。しかし最近心の苛立ちを書きたいと思うことが多い。そんなことは日記のようなものをつけて数十年たつがあまり無かった。一体この苛立ちは何なのか?と反省してみる。自分で物事を解決できないもどかしさなのだろうと最近分かってきた。
さっき2000年頃の日記を引っ張りだしてきて何書いているか読んでみると、つらいことをあまり書かないように元気をだすようなことを一生懸命書いているが、ふと創るつらさみたいなことを書いてることがある。それはまさに自己との葛藤を書いている。本当につらそうである。最近はそういうつらさは無いのだが(別に創ることが楽になったわけではないのだが)人を動かすつらさ、動かないつらさに変わっている。でもどっちがつらいのかと考えてみると、前者の方がつらい。人を動かすのはテクニックだしどうしても動かなければ排除すれば済む話。でも動かない自分は捨てるわけに行かない。一生同居しなければならないこの自己に幻滅した時はもう取り返しがつかない。だから今のほうが昔より楽なのかもしれない。
と、とりあえず考えておくことにしよう。

見えるもの

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by 卓 坂牛

東京駅で丸善の洋書コーナーに寄った。ぺらぺらと眺めていると、自分の作品が出ている本があった。新刊である。びっくり。出版したら送って欲しいものだ。その本をとりあえず購入し、心理学のところに行くゲシュタルトの本が欲しいのだが2万もするのでやめて解説本のようなものを2冊買う。事務所に戻る。見積査定の打ち合わせと中国の業務計画の打ち合わせ。信大の宮尾さんのオープンデスクは今日まで。明日からは工藤さんが来る。帰宅後食事。
心理学の本が欲しくなったのは、ものの視覚的属性とは何か?と考えていたから。それは結局それが何かではなく何が見えているのかを知ることなのだろういう思いに至った。それに答えてくれるのは視覚心理学?。実はそういう思いは周期的に訪れ以前ギブソンを読んでいる頃、エドワード・リードの『魂から心へ』とかD.W.ハムリンの『知覚の心理学』など読んでいた。これらの本からは知覚心理の一般的知見は得られる。が、もう少し美術側から見たものはないのだろうかと思い心理学の書架に行ったというわけであ。そこで芸術知覚心理学(というジャンルはないだろうが)の本を買ってきて読み始めた。
人間には何から見えるという見える順番がないのだろうか?それは個人差なのだろうか?一般的な傾向はないのだろうか?