朝一でゼミ。グロテスク研究をしている学生がいる。僕の知らない世界なので彼の文献渉猟は勉強になった。論理展開は甘いが、自己の興味で文献を漁りながら発見をしていく姿は若々しくて気持ちいい。建築に繋がることを祈りたい。午後3年生の製図第二課題の説明。キャンパス近くの若里公園(オリンピック聖火ランナーの到着地点)に幼児の施設を設計せよという課題である。今日は天気も良いし、先ずはこの公園で皆子供の大きさと気持ちになって50メモをとりなさい、そして子供がいたら一緒になって遊ぶように指示。そのせいか夕方学食で食事をして出てきたら広場に子供連れのお母さんがお散歩中。何やら子供が学生さんに遊んでもらってそのお礼がしたいとか。
夜菊竹さんの残りを読んでいたら、素材論や色彩論が登場した。ますます今まで読まなかったことを恥じる。しかしこの本は後半少し弛緩する。どうも寄せ集め論考なので、首尾一貫していない。やはり迫力があるのは第一章である。読み終わり、宮下規久朗『刺青とヌードの美術史』日本放送出版協会2008を読み始める。しばし読み、11時もまわり帰ろうと思ったところに学生がやって来た。人生相談。悩むことは学生の特権!
朝から事務所で雑用に追われる。昼食時我々夫婦の中高の同級生が配偶者を訪ねて我が家に遊びに来た。事務所を少し抜けて自宅で彼女達と少しお茶を飲む。なんだか一瞬中学時代に戻ったような錯覚。事務所に戻り、6月のスケジュールについてスタッフミーティング。なかなかリノヴェーションに取りかかれずにやきもきするのだが、こう言うときにアイデアを貯めるということか。
篠原一男の白の家(1967)の抜き刷りを読んでいたら、この住宅のテーマの一つが永遠性であると記されている。そしてその永遠性について、こう書いている「多くの人びとは社会の生産力に強い関心を持ち、住宅の新陳代謝方式を考える」そして、暗にその態度を批判し、自らは人間の本能的な永遠性への希求を建築化していると述べる。ここで新陳代謝とは10年前とはいえ菊竹さんのスカイハウス(1958)が念頭にあったのだろう。この新陳代謝理論が『代謝建築論か・かた・かたち』にまとまるのは1969年であるし。
菊竹さんはこの代謝建築論で「空間は機能を捨てる」という節を設けてその中でこう述べる「形態の美しさは、常に生々と建築が機能しているところにのみ生まれるものではない。むしろ建築から機能が欠落し、存在としての環境的空間に立ちかえっていることによって、より容易に、より強烈に発見される場合があり、、、」
篠原は当時のトップランナーである菊竹を批判することで自己を鮮明にしようとしたのだろうが、どうも僕には両者が何かを共有したように思えてしかたない。いやもちろん表面上の志向は異なっている。しかし、両者ともにモダニズムのある種の機械的な割りきりに対するアンチテーゼを保持している。そして尚且つ双方とも狂気とも思える空間の美へのこだわりがある。スカイハウスの空間から白の家を想起させられるのは僕だけだろうか?それは平面形が同じ(一辺約10メートルの正方形)輪郭を持っているということとは関係ない。
下村純一さんがお書きになった『写真的建築論』鹿島出版会2008という本がある。その中にこんな言葉があった「写真は世界を写し取る万能機械ではない。特性限界を明確に備えた、一つのメディアにすぎない。能力に限りのある機械ゆえに、人の感覚にはひっかかりもしない建築の何かを、拾っていると思う。」これはバルトの言うように写真には偶然何か意図しないものが写りこむことが楽しいというようなことではないようである。もっと写真機の持っている原理的な宿命が我々の印象とは違う何かを拾うということを指している。例えば日本建築は軒が深いので晴天で撮ると軒下が暗くなり過ぎる。これはカメラの原理である。そこで曇天で撮らざるを得ない。そうなると我々の印象ではコントラストの強い和風建築が写真では平面的なものとして現れたりするわけだ。また明暗と共に写真の原理として外せないのが写真の印画紙が矩形だということ。水平、垂直性という枠組みがあるという点である。つまり写真には撮る前から線がある。故に縦横線と撮るものをどう整合させるかということが暗黙の問題となっているのである。それ故例えば目地のようなものに対して写真は異常な気を使いそれを必要以上に顕在化させる。人間の目にはそんな感覚はないのであり、これも写真の特性限界だと思われる。
こうした限界を持っているにもかかわらず、僕等は未だにこのメディアに振り回されている。そして未だしばらく振り回され続けるのである。
午前中午後と人と会い、その合間を縫って昔のクライアントにも会う。ギブスは取ったものの歩くのがやっとの足で都内を動き回るのはしんどい。ちょっと参った。帰宅すると床に倒れ眠りに落ちた。
夜、読みかけの『テレビ的教養』を読み終える。テレビを教養の源として研究した数少ない書である。テレビを教育の阻害要因ではなく教育装置として見直す視点はあってしかるべきである。その昔大宅壮一が日本テレビの「なんでもやりましょう」という番組を見て「一億総白痴化」と警鐘を鳴らしたのであるが、テレビは脳ミソを堕落もさせるが、刺激し活性化もする。単面的にみるのは片手落ちなはずだ。
その後菊竹清訓『代謝建築論か・かた・かたち』彰国社2008(1967)を読み始めた。有名な建築論としてよく名前の挙がる本であったが、実物がなく読んだことがなかった。このたび復刻版が出てやっと初めて読むことが出来る。しかし読んで赤面。考えてみれば日本の設計論の草分け的なものであり、これを読まずして論文を書いていたと言うことに自分ながらあきれた。菊竹氏も1967年の時点で現代において設計の方法論、原理論が無いと嘆いているではないか。ああ早く読まねば。
ギャラリー大成の林美佐さんから著書謹呈の御礼の小包が届く。中にはギャラリー大成が創立15周年記念で作成した冊子と林さんが協力した展覧会「ル・コルビュジエ光の遺産」(現在四日市立博物館で開催中)のカタログが同封されていた。林さんには1999年に東大で講義をするときに様々な資料を閲覧させていただき、当時20回目くらいだったコルビュジエ展覧会の小冊子をすべて見せていただいた。
バブル時代日本の企業はメセナの掛け声で猫も杓子もアートへ投資し、バブル崩壊とともに手放した。メセナなんていう言葉も死語になりつつある。しかし一方このギャラリーはコルビュジエに特化し、尚且つこの個人の企画展示のみ15年間に30回以上も行なってきた。実に稀有な企業ギャラリーである。その活動は評価されてしかるべきと思う。そのキュレーターとしてコルビュジエの多様な側面を照らし続けてきた林さんは特筆すべきコルビュジエ研究家ではなかろうか。ギャラリー大成では各展覧会ごとに非売品の小さな冊子を作ってきたが、これらを全部合体して一冊の本にして欲しい。実に貴重なコルビュジエ資料なのである。
昨晩は学生の家に行き、少し建築論。そのせいか今日は寝坊。9時に家を出てタクシーで研究室へ。相変わらず長距離を歩けない。午前中雑用を片付ける。午後は4年生の製図。第二次発表会。今日はスゴイ模型を見た。北九州の古いオフィスビルのコンヴァージョンを計画している学生がいる。柱梁を完全に残しファサードにも手をつけないという方針。その柱梁のジャングルジムの中にサイコロのような住居ユニットをはめ込む設計。1/100のこの模型の立体グリッドの精度の良さに感動。まるで模型屋の作った模型のようであった。違う研究室にも設計力のある人がいる。
授業後家へ。車中佐藤卓己著『テレビ的教養』ntt出版2008を読む。途中眠りに陥り、高崎で目覚め週刊朝日と週刊新潮を読んでいたらまた眠りに陥り上野で目覚める。
午前中はゼミ。ゼミ室に入って「遅くなりました、さあやりましょうか」と席に着いたら、周りにいたのは違う研究室の学生だった。赤面。僕の部屋でやることになっていたようである。午後は製図第3前半課題の講評会。ゲストクリティークとして竹中工務店の萩原剛氏をお呼びした。講評会の前にスライドレクチャーをやっていただく。1時間の予定だったが熱がはいって2時間になった。しかし面白かった。最近のコンペ入選案、足立学園中・高等学校、サンケイ新聞本社ビルなど。彼は常に敷地の地勢、文化、気候、法などを建築を創る条件へと変換する。その変換の仕方が鮮やかである。レクチャーの後講評。課題は三沢浩さん設計の60年代モダニズム建築のコンヴァージョン。今まで、住宅とオフィスしかやったことのない学生にはちょっと難しいものだった。僕自身経験上、コンヴァージョンの難しさは痛感するところ。学生が困惑するのは当然である。60人の中から選ばれた25名が発表。その中からゲストを含めて3人の先生で6点の優秀者を選ぶ。その後ゲストを交え学生と懇親会。
早稲田大学の次々回の講義で主体性・他者性の話をする。そこでは主体に内在する他者を乗り越えた時に主体は確立すると言う江藤淳的なストーリーで話しをする。そして近代建築において主体に内在する他者のひとつとして民主制をあげる。つまり平等に与えられる建築のあるべき姿というものが希求された時期のそうした建築への批判である。民主制なるものは一体何なの?ということで森政稔『変貌する民主主義』を先日読み始め、本日午後急遽東京往復するはめになり、車中残りを読んだ。その中でハイエクの民主主義の適用領域の限定の話しが腑に落ちた。マジョリテイが是とは限らないわけである(裏で金をばらまけばマジョリティはどうにでも作ることができる)、多くの人が望む建築が豊かさを生むとは限らないのである(宣伝などの情報操作は基本的に営利目的なのだから)。つまり、多数決の原理が正常に機能する状態を我々は慎重に見極めないといけないと言うことである。
6月2日
快晴。ワークショップ2日目。朝から各大学の発表。昨晩の徹夜(?)の成果か、1日の観察からいろいろと収穫が見られた。5大学あるということは多種多様な意見が相対化され、学生にとってもとても勉強になったと思う。3時に解散し学生の車に便乗し長野へ。途中掃除機を買い(現状の掃除機が吸引力がなくなってしまった)帰宅後家じゅう掃除。ここ半年くらい、掃除機が壊れたおかげでひどく埃っぽい家になってしまっていた。やっと人の住む環境となった。きれいな部屋で娘に読めと勧められた乙一『暗いところで待ち合わせ』なる小説を読む。殺人の濡れ衣を着せられた逃亡者が盲目の女性の家に隠れこむという始まり。1週間音も立てずに同居し、徐々に女性がこれに気付く。しかしそこで女性がこの男を追い出すこともなくお互いの意志がかすかに通じ合う。そして彼女の友人が真犯人であることが判明するというストーリー。気乗りせず読み始めたがなかなか面白かった。評判の才能は十分感じられる。