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Nov 2009

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by 卓 坂牛

北村明子さんから先日のワークショップのお礼のメールが届く。今年度はフランス、トルコ、新国立での公演が終われば一段落と書かれている。大学の先生が最も忙しいこの時期に世界を飛び回るエネルギーには驚かされる。昼に藤村龍至さん来校。製図第二の講評会。12時半からショートレクチャー。タイトルはarchitects2.0彼がいろいろなところで行っているレクチャーパッケージである。凄いスピードで淀みなく飛び出る弾丸のような言葉に驚く。その内容は最近彼がジャーナリズムを賑わしている超線形設計論である。その理論の可能性は9割賛成、1割疑問。でも設計を理論化しようとするスタンスは僕も共有できるところ。僕としてはむしろその設計理論より、彼の言う批判的工学主義に大いに賛同する。それは大手事務所やゼネコン設計部とアトリエ事務所の中間を埋めないことには現実的に社会の建築環境が改善されないという視点である。2時ころから講評会。徹底して寸法にこだわる講評と評価の厳格なクライテリアは彼の設計理論同様なスタンスを感じる。終って駅前で懇親会。明日の八潮ワークショップのため僕の部屋の参加は少ないが2年生が大勢いる。藤村氏は終電で東京に戻る。僕は研究室メンバーと少し話す。

「わざ」言語

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by 卓 坂牛

昨晩悶々と考えてさっぱりいい案が浮かばなかったので、朝から枯れた知恵を絞りなんとか案らしきものを作る。事務所に行ってスタッフに渡し模型化を指示する。中国からは部屋が寒いというメールが届き、その原因究明にあたふた。東京もひどく寒いので中国は想像に難くない。昼のアサマで大学へ。車中『「わざ」から知る』を読み終える。著者の日本の芸、道への精通ぶりに驚いて最後の注を読むと30年にわたり日本舞踊を学んでいたことが書かれていた。なるほどと頷いた。しかし、それゆえ逆に西洋芸術への理解が相対的に杓子定規に響く。
例えば第5章「わざ」言語の役割で、日本舞踊の教授法が説明される。そこでは理論的な指示の代わりに独特な言葉遣いがなされるという。例えば「3秒間その振りのままで」と言う代わりに「ためて、ためて」と言うそうだ。その言葉の意味が納得されるまでにはあるプロセスを経て時間を要する。そしてそれは頭ではなく体で理解されるものとして著者はその意義を重視する。
しかし、こうしたことは僕のやっていた西洋音楽でも結構そのまま当てはまるように思われる。数十年前のことだからだいぶ忘れたが、思い出せる限りで師のジャーゴンを並べてみよう。「走る、飛ばす=早く、アレグロで」「転ぶ=リズムを乱す」「もたつく=リズムを言葉がもたつくように遅くする」「歌う=十分に表現する」「流す=さらっと弾く」「擦る=弓を雑音が出るぎりぎりまで強く弦にすり付ける」「ためる=強い音を出すために弓をあまり使わずにいる」「泣く=悲しそうに」などなどなど。そして重要なのはこれらの言葉がここで簡単に記述されているような意味を遥かに超えた言葉では言い表わせない内容を包含しているということである。しかし謎なのは、これは西洋音楽が日本に入り日本の教師たちがこれら西洋音楽を日本的に芸化した可能性もあることである。因みに僕の師の兄は日本を代表する尺八奏者だっただけにその可能性は強い。
そして著者はこうした「わざ」の言葉が現代では不足しており、教育現場にこうした言葉の必要性を説いている。そもそもデカルトの心身二元論からこの身体的知なるものが抹殺されたと著者は指摘する。そうかもしれない。
この本を読むとちょっと昔まで建築なんていうものもそうだったのだろうなあと感じる。篠原先生から聞く谷口吉郎や清家清はそういう人だったとつくづく思う。これも推測の域を出ないが、西洋から輸入された工学的知としての建築がが日本において日本的に芸化されたのかもしれない。そういう身体化された知のようなものを再度西洋的知に戻そうとしたのが篠原や磯崎だったのだろうか?そして坂本先生もかなりそうしたところがあったのだが、最近またなんだか建築界では(というかこういう本がでるように社会では)芸とか「わざ」を尊ぶ傾向が復活してきたわけである。さて大学教育は「わざ」教育に戻すべきものやら?「俺の背中を見て学べ!」なんて言ったら大学本部に怒られそうであるが。

炭素

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by 卓 坂牛

午前中とある打ち合わせ。午後事務所でプロジェクトの打ち合わせ。方向転換を図ろうと必死にもがくがちっとも進展しない。なんとも難しい。少し放っておこうかな。気になっていた橋爪大三郎『炭素会計入門』洋泉社2008が届いたので目を通す。思ったほどのことは書かれていない。先日読んだ『低炭素革命と地球の未来』以上の情報は無いようだ。

わざ

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by 卓 坂牛

朝から冷たい雨。事務所の雑用がたまった。午前中は家で、午後は事務所でなんとか終らせ、プロジェクトの打ち合わせ。夜研究室のobと食事。帰宅後生田久美子『「わざ」から知る』東京大学出版会2007を読み始めた。日本の芸、道というものがどの様にして教えられ、そして身につくのか、その過程を分析している。この本は岡田暁生の『音楽の聴き方』に引用されていたものである。そもそも西洋音楽は日本の芸とは違い、楽譜という座標軸の上に一義的に指示されているかのように見えるものの、身体的な言語で語られる場面も多々あるわけで、その説明の為に本書が引用されていた。
著者によれば、日本の芸、道の習得プロセスとは 模倣、繰り返し、習熟という基本のルーティーンがあり、その過程で内面的には師の視線になり替わり自らを見つめ、いつしかそれを好むようになり、師の視線と思っていたものが自分となっていくというものである。また教育プロセスとしては、西洋のそれが難易度の順にあるいは部分から全体へとシステマティックに構成されているのに対して、日本のそれはそうなっていない。いきなりある作品が師によって描かれ(踊られ、奏でられ)それを模倣しろと始まると書かれている。
確かに西洋の芸があるシステムにのっているがゆえに理屈で学ぶ側面はある。とはいえ芸事を学び始めるのは普通極めて幼少でこのような芸の差を知る由もない。やはり西洋の芸も東洋のそれに近く、模倣と、繰り返し、身体化によって学ぶのである。
差が出てくるのはむしろその習得期間ではなく、習熟後である。つまりベテランの域に達してからの発展過程に差が生じる。やや乱暴だが一言でいえば、習熟後においても東洋のそれは個性の発揮が許されず西洋のそれはむしろそれが望まれる。東洋ではベテラン、熟練の域に達してもひたすら身体化に励む。そこには芸の個別性が認められていない。その理由は多分、既述のとおり東洋のそれが師弟関係の中で芸の伝承が行われることに関係する。つまりそこで個性が発揮されると芸事が正確に伝承されなくなってしまうからである。一方西洋のそれは例えば楽譜によってそのオリジナルがある程度保証されている。それゆえ奏者各自の個別性がむしろ望まれるのだと思う。
と書いたものの、推測の域を出ない。日本の芸、道に興味はあれど精通しているわけでもない。その道の人に聞いみたいところである。

欺瞞

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by 卓 坂牛

日曜日の夜にバスで長野へ。『アフロ・ディズニー』のファッションショー音楽の話を読みながらyou tubeで関係する音を聞く。ファッションショーの音楽はハウス系ダンスミュージックなのだが、モデルはそこで踊る訳ではなく歩く。このずれの中にファッションショー特有のシック・エレガンス・スタイリッシュが受肉すると書かれている。なるほどここにもずれがある。この「ずれ」が面白そうなので同じ著者による『服は何故音楽を必要とするのか』をアマゾンに注文した。
月曜の朝から卒論の中間発表(と言っても自分の研究室だけだが)を聞く。ちょっと遅いのが心配。午後から会議。新たな学長と理事との懇談会。人事院勧告に基づく給与問題で厳しい意見のやりとり。新執行部に教職員を欺瞞する発言。大丈夫かしらん?夕刻、市庁舎・市民会館建設市民会議に出席。反対派、賛成派の意見交換。会場は建て替え予定の市民会館。最初に県から建て替え計画のこれまでの経緯が述べられる。賛成派の多くは音楽関係者。反対派はどうして耐震補強では駄目なのか?と疑問を提示。確かに何故耐震補強では駄目なのか?しかも提示されている耐震補強+改修費が恐ろしく高い。合計で坪100万を超えている。そりゃ高すぎるでしょう。こんな額なら全国どこでも耐震補強なんてしないよな。それが分かって怒る市民も現れる。いやはやここでも欺瞞。なんだか今日は欺瞞だらけで気分が悪い。

OH・根津・日展

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by 卓 坂牛

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昼まで『アフロ・ディズニー』を読み続ける。音楽におけるずれと揺らぎがテーマとしては面白いのだが、やはり専門的な部分は今一つ理解が及ばない。想像はできるのだが。午後ofda伊藤君のオープンハウスに尾山台に向かう。3階建200㎡の家。今までいろいろな住宅のオープンハウスを見たがこんな気積の大きい住宅を見たのは初めてである。2階3階への抜けも気持ちいい。オープンハウスを辞して新しく出来た根津美術館に行ったら休館だった。外観だけ少し見てから国立新美術館に行きハプスブルグ家の展覧会を眺めデューラーに心動かされ、日展の書と日本画だけ見て回る。日本画は美しいものが多々あるが、ずーっと変わらないものである。中学生のころ始めて日展を見た頃から全然変わっていないという印象である。書は信大の先生だった、市澤先生のものがとてもよかった。

AIA AWARDS

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by 卓 坂牛

昨晩は事務所のスタッフKさんの御苦労さん会。7年間に「ホタルイカ」、「ヤマ」、「角窓」、確認まで出して出来なかった「二つの家」木島さんの下で「葉山の家」を担当した。木、鉄、RCとすべての構造を制覇した。御苦労さま。
今日は夕刻JIA会館でAIA JAPAN主催のデザインアウォードの表彰式。スチュワート氏と顔を出す。以前より、彼の家族と今日荒木町でとんかつを食べる予定にしていたらAIAのイベントと重なった。そうしたらまた偶然が重なり、研究室の学生4人がこの賞を受賞した。AIAの学生賞は昨年から始まったものでまだ応募者が少ないようである。今年は明治と芝浦とうちしか出していなかった。明治の田中友章さんにお会いし、エールの交換。来年はもう少し多くの大学が出すのではないだろうか?
事務的な スピーチが続きなかなか抜け出られず遅れて荒木町「鈴新」へ。全日本学生建築コンソーシアムの住宅コンペ30選の最終公開審査も本日。そこに選ばれ審査を受けてきた学生も合流。加えてJIAの卒業設計展の全国大会審査も今日。長野代表に選ばれた学生も合流。学生が6人とスチュワート家族、スチュワート研究室メンバーなど13人で鈴新貸し切り。

基礎ができてないんだよなあ

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by 卓 坂牛

朝一で一時間設計。今日はカーンのフィッシャー邸を覚えてくることになっている。いつもは覚えてきた図面を基に増築しろとか2階建てにしろとか言うのだが、今日は意表をついてこの緑の中の美しい建物をパースで描けというテーマにした。結果は驚愕である。皆凄い絵を描いてくれる。アートとしてはいいのだろうし、想像力をかきたててくれる表現も見受けられる。でもね、建築のパースってムンクの絵のように描いたらダメなのだよ。プレゼンのドローイングとして描くならまだしも、、、、、基礎ができてこそ崩す時も意味を込められる。これはやはり図学を教えていないことゆえの弊害なのだろうか?就職、大学院、なんでもいいけれど即日でパース描けと言われてこんな絵描いたら落とされます。しかしこれだけ正確に描けなくて設計するとき困らないのだろうか?
午後製図の提出を受けて模型写真の撮り方講習会。学生にデジカメを持ってこさせるとマニュアル付きカメラとマクロ付きカメラが少ない。製図用具とともにカメラもスペックを指示するべきかもしれない。夕方のアサマで東京へ戻る。『低酸素革命と地域の未来』を読み続ける。どうもこの本より、この前に橋爪さんが書いた『「炭素会計』入門』という本が面白そうだ。炭素消費を一つの商品のようにして取り扱っているようである。もちろんそれは新しい概念ではないのだろうが、それを様々な意味で具体化していく方法論が展開されているようである。読んでみよう。

dokidokiya

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by 卓 坂牛

午前中、今年の景観賞の受賞作品の作品ツアー。講師として同行。前回のこのツアーでアンケート調査をすると講師の説明が少ないということだった。そこで今日はバスガイド宜しくあちこちで集めては説明、集めては説明を繰り返す。こちらは参加者がこれらの建物を知らないものと思って話をするのだが、彼らの中の半分くらいは、ほとんどの場所に僕以上に来たことがあるのだ。建物前での説明が終ると、やにわ僕を連れて建物を案内してくれたりする。いやはや大人をからかわないでと言いたくなるが、彼らから見ると僕は子供くらいの年齢なのある。ドキドキである。それでどうしてまたここへ?と聞くと、バスの遠足くらいに考えているようなのである。午後大学に戻りゼミ。夕方八潮の打ち合わせ。夜竹田 青嗣, 橋爪 大三郎『低炭素革命と地球の未来』ポット出版2009を読み始める。橋爪がこの手の問題にまじめに取り組むようになったのは、東工大に「世界文明センター」と言う組織が出来てそこでこの問題を研究し始めたからだという。この組織は理工系の学生に芸術、人文、哲学、歴史といった学問の刺激を与えるためにできたそうだ。どの程度のリアルな研究センターか知らないが(こういうセンターはえてしてヴァーチャルなもの多々あるので)発想はとても共感できる。

音楽VS建築

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by 卓 坂牛

午前中甲府に打ち合わせに向かう。政権交代の影響も少しあろうか半年遅れは確定となった。来春くらいまでこのプロジェクトは塩漬けである。鮮度が落ちないように密閉して保存しておこう。下手に触ると腐ってしまう。
スタッフは東京へもどり僕は松本経由長野に向かう。車中一昨日あとがきを読んだ『音楽の聴き方』を読み始めた。序文を読んで少なからず驚いた。音楽鑑賞をワインティスティングになぞらえている。これは僕が『建築の規則』に書いたことにかなり近い。曰くティスティング(批評する)する言葉が増えればその対象に対する趣味は洗練されていく。同感。そして目次を見てさらに唖然。音楽を感性で捉える次元の一章、次にそれを語る言葉を探す二章、さらに言語としての音楽としての三章と続く。まさにこの建築版をやろうとしたのが『建築の規則』だったわけである。つまり建築を言葉で語るにはどうしたらよいのか?そのヴォキャブラリーを差し上げましょうというのがそもそものあの本の発想である。というのもあの本のネタは東大美学でやった講義ノート。つまり建築を作る人間ではなく語る(かもしれない)人間のための言葉捜しなのであった。そしてもっと言えば『建築の規則』はあんな博論の縮小版としてではなく、こうした体裁の教養書として模索していたのである。うーん音楽版として先に書かれてしまったのは嬉しいやら悲しいやら。こうなったらしっかりこの書き方を見せて戴き建築版を物したい。と思いつつ音楽を感性として感受する第一章を読みながらちょっと違うことが気になりだした。もし建築版を書くとして、こんな風に建築を感性で受け取り、建築と共鳴しようなんていう内容が成立するだろうか?という点である。つまり建築を見る感動と音楽を聴く感動はどうも性質がかなり異なるように思うのである。というか、、、、一言で言うならば建築の感動メーターの振れ幅は音楽のそれに比べて小さくてゆっくりと長い。どこの国だったか忘れたが、荘厳なチャペルに入ってそのステンドグラスの明かりに身震いしたが、その後鳴りだしたパイプオルガンの音には勝てないと思った。鳴った瞬間に勝負あったという感じである。もちろん音楽も建築もいろいろあるから一概には言えないのだが、でもこれは聴覚と視覚の持つ生理学的な機能差によるのではないかと思うのである(そう思わないとなんだかとっても不公平な気がするし音楽へのジェラシーが絶えない)。つまり何が言いたいかと言うと、そう簡単に建築の感性受容の問題は語れまいと思うのである。もちろんゴシック建築をずらりと並べて語るのなら(ゲーテのように)まだしも、現代建築でちょっと厳しい?????