槇文彦の立ち位置
久しぶりに古河に打ち合わせ。納図してから入札、見積もりが上がるまで2カ月近くかかった。そして結果は結構高い。どさっと分厚い見積書をもらって帰りの電車で眺めるのだが、果たして上手くいくか?毎度のこととはいえども憂鬱な時である。
行き帰りの車中『メタボリズムとメタボリストたち』を読む。その中に「群造形と現在、その四十五年の軌跡」という槇文彦の論考がある。その中で槇は他のメタボリストと自らの違いをこう記す
「私の立場が明らかにほかのメタボリストたちと異なっていたとすれば、私自身、形態やシステムによって支配されるほど、我々の環境は単純なものではなく、意志のある個の支配が究極的には強いという立場を当初からもっていたことにほかならない」。それがメガフォームでもなく、コンポジショナルフォームでもなく、グループフォームに思い入れる槇の根底にある思想であり、それは45年間変らぬ彼の意志なのだと思う。
昨今街づくりや地域でのトークセッションなどで常に物理的環境の問題以前に人々の意識や住まい方の問題が持ち上がる。それは槇たちが半世紀前に気付いていたことである。そしてその問題意識の重要性は未だに変わらない。
夕刻事務所にクライアント来所。6つの案の模型を前に3時間半の長丁場の打ち合わせ。最初に模型を見せる時は毎度緊張する。そしていろいろ意見を聞く中でまったく別の案も思い浮かぶ。しばらく寝かせておくかな。
大高事務所でバイトしていた頃
実家のスケッチをする。候補地がいくつかあるのだが、有力候補の土地を相手に考える。80/300の近隣商業はさすがに庭が取れないものである。法規制は建築をかなり規定するものだと再確認。
大学がやっと開校。夕刻コンペ等の打ち合わせ。成績入力。たまった作業に追われる。夜大高正人・川添登編『メタボリズムとメタボリストたち』美術出版社2005を読み始める。学生のころ大高正人の事務所で長くバイトしたのを思い出す。作っていたのは大高が生まれ育った三春町歴史資料館の勾配屋根の天井である。スケールは1/50だったような気がする。目地の納まりが見たいということだったが方形勾配屋根の角度が上手く合わず1ミリくらいずれるたびに作り直しを命じられていた。
バイトの頭のような芸大の院生に「おまえ1ミリっていうのはなあ、誤差とは言わねえんだよ。違うものって言うんだ」と冷たく怒られたのを覚えている。その後その先輩とは仲良くさせてもらったが学部2年生の当時は所員よりはるかに恐ろしい人に見えた。当時は何処の事務所にもそんなバイト頭のような院生が居座っていたような気がする。
都心でまわりを考える
八潮ワークショップに少し遅れて参加。いつもはつくばイクスプレスの八潮駅から行くのだが今日は会場が市の北端なので武蔵野線の越谷レイクタウン駅に回る。ここにはイオンの作った日本でも1、2を争う巨大ショッピングモールがある。祭日には家族連れで賑わうと聞いていたが噂にたがわずそういう人たちが沢山降りて行く。先日のワークショップで会った地方の学生は高校時代の遊び場はイオンだと言っていたがこの辺りも同じかもしれない。
午後は6大学(筑波、日工大、茨木大、神戸大、神奈川大、理科大)の懇親会。各大学ちょっとした出しもの。夕方帰宅。昨日朝1時間ほど走った疲れが出て床で眠る。夜マンションの理事会。二月に一度くらいずつあるのだが毎回2時間くらいべたっとやる。とんでもなくまじめである。共用部の雨漏りとか、床石の割れ。自転車置き場が足りないとか宅内持ち込みの可否など。喧々諤々の議論となる。さぼろうと思えばさぼれるのだが比較的真面目にきちんと出て意見している。都心に住んでいて公共を考える数少ない機会なので。
日本人はどこまで小さな家に住めるだろうか?
とある人の住宅の土地を見に中央線沿線の不動産屋に行く。いろいろな土地の図を見せてもらい、どうも7000万辺りで土地の形が変るような気がした。何故だろう??
相続のことを考えると子供二人が相続する場合相続税の控除は5000万+相続人×1000万となる。つまり7000万までは相続税がかからない。土地の相続税評価は路線価なので3割目減りすると考えると約1億ぐらいの実勢価格の土地まで無税ということになる。しかしこのくらいの土地持ちは他の資産もある。仮に2000万くらいの資産を持っているとすれば路線価5000万くらいの土地まで無税である。これは実勢価格に直せば約7000万である。
つまり7000万近辺の土地を相続しても相続税がかからず土地を切り売りしないですむのである。しかしそれは売る側の論理であり、買う側の論理としては7000万で土地買ったら一億プロジェクトである。そんな購買力のある人はほんの一握りである。となればこんな土地はディバイドされて売られるが普通である。なんて勝手な理屈を考えた。
今日トウキョウ・メタボライジングをオペラシティで見てきた。塚本氏のビデオ「アーバンヴィレッジ」「コマ―ジデンス」「サブディバーバン」は塚本氏らしいおもろい分析だった。この「サブディバーバン」という概念はまさに上記の相続税が土地を分割していくと言うストーリーである。日本の土地は相続税によってディバイドされ、それによって日本の建築家は狭小住宅の天才になった。
今年の税制改革は相続税の基礎控除額をぐーんと引き下げた。これによって果たしてディバイドは加速されるのだろうか?日本人は更に小さな家に住む能力を磨くのだろうか?
「内藤とうがらし」って知っている?
今年は東京ではゲリラ豪雨が少ないと思っていたのだが突然滝のような雨が降ってきた。そんな雨が小ぶりになって荒木町のお祭りがなんとか開かれた。盆踊りの音が響く舞台の脇にあるいきつけのトンカツ屋に行ったら店先にトウガラシが栽培されていた。これは何かと聞くととりたてのトウガラシが出てきた。オリーブ油につけたものもある。とうがらしオイルである。七味に加工したものも登場。
いろいろ聞くとこれは「内藤とうがらし」というものだそうだ。江戸時代に新宿御苑あたりに屋敷を構えた信濃高遠(たかとお)藩主の内藤家が栽培して周囲の農家も真似して作っていたというもの。現在新宿御苑から新宿高校のあたりは内藤町というのだが内藤家から来ていたと言うことを初めて知った。新宿区は昔の町名が残っているのでこんな歴史に出会って楽しい。
そんなわけで四谷全体がこのトウガラシを復活させようと皆で栽培しているのである。では我々も何か協力せねば、、、トウガラシのボンボリでも作ろうかと検討中。
「ぐずぐず」の理由
学会の建築意匠小委員会というのに新たに参加することとなりその初会合に出席。これで今年の学会は3日とも会場に足を運んだ。まあ近いから苦ではないが。帰りに奥山先生と遅い昼食を一緒にする。その中で彼の大学の某先生の話になる。この先生は実に頭が切れる、判断は明晰で早い。異様に早い。彼が何か言うと殆ど序を話し始めたころには結論を予想してそれに対するコメントが飛んでくるとのこと。「いやそうではないのだが、、、」なんて思っているころには話題は次に移っていたりする。
世の中にはそんな素早い人がいる一方なんとも「ぐずぐず」していてまどろっこしくて結論へ到達しそうでしない人もいる。結論を先延ばしにしているのではなく熟考しているのである。僕の先生もそうだったかもしれない。
鷲田清一『ぐずぐずの理由』角川選書2011はまさにそんなぐずぐずを積極的に評価してその大事さを強調する。「滑りのよい言葉には、かならず、どこか問題を逸らせている、あるいはすり替えているところがある。ぐずぐずしながらも、逡巡の果てにやがてある決断にたどり着く・・・その時間を削ぐことだけはしてはならないとおもう。その時間こそが人生そのものなのだろうから」だそうだ。
デザイン発表会
事務所で打ち合わせ後早稲田本部キャンパスへ。学会デザイン発表会の司会。場所は15号館。少し古くて陰気な建物である。昔この部屋で講義した記憶がよみがえる。論文発表と異なり、デザインは発表4分質疑4分なので結構話せる。と言っても会場からの質疑は少ないので司会と発表者の対話のようになる。
自分のセッションが終わって隣の部屋へ。こちらは観衆が多い。テーマセッションで招待講評者(新谷先生)がいるからである。誰かがしっかり講評すれば聞く方は興味深いし、発表者もやりがいがあるだろう。
運営委員の堀越さん萩原さんから運営、方法、問題点、、、などを聞く。いろいろご苦労もあるようだ。僕は全てのセッションで講評者がいることが重要だと思う。会員はこの8分のために下手すれば泊まりがけでやって来る。発表して良かったなと思えないと意味が無い。加えて人の発表も興味深い。ゆえに系統だって分類された発表順序はとてもよいことだろう。
美学のテキスト分析とは
朝事務所で打ち合わせ。午後建築学会のため早稲田へ。意匠論のセッションで司会。次のセッションで信大の学生が発表したが練習をしていないせいか他の発表に比べて見劣りする。何言っているんだか全然わからない。
終わって駆け足で東大へ。美学芸術学のA君の博士論文審査会。博論の審査って大学によって(あるいは学部によって)全然違うのに驚いた。信大工学部では先ず本人の発表が40分くらいあって、その後質疑に入る。加えてそれは公開で多くの学生や研究者の前で行われる。そう言うものだと思っていたらここでは小さな部屋で審査員5人が提出者に対して2時間程度質疑するという形式である。
論文は分離派建築会の全体像を言説だけを頼りに浮き彫りにしようとするものである。言説分析のあるべき姿、運動の境界の見定め方、分離対象に対する既往の論者の態度。この3つに対して意見した。私の後に質疑したN先生の発言がためになった。曰く、美学のテクスト分析は抽象的言葉の意味をすべて具体化する作業である。抽象的な言葉を抽象のまま使っている人などいない。なるほどそうかもしれない。
夜学会で東京に来ている信大の教え子たちと食事。
長野市庁舎がコンペになっていたとは露知らず、、、
午前中事務所で雑用。盆明けでまた新しいオープンデスクの学生が数名来ている。午後コンペの打ち合わせで九段下のロイアルホストへ。今週も大学は閉校状態。特別の許可が無いと入れない。一番奥の8人掛けの大テーブルに敷地模型から各自作ってきた模型まで広げて議論。ここ結構いいなあ。涼しいし、静かだし、コーヒー飲めるし、2時間ほど議論して2案に絞った。
コンペと言えば自分が少なからず関わっていた長野市庁舎の建て替えがいつの間にかコンペになり昨日提出締め切りだったようだ。全く知らなかった。それにしてもあんなに反対がありながら本当にやるわけだ。僕も反対派のひとりである。その理由は二つ。どんな理由があるにせよこれにより宮本忠長の初期名建築「長野市民会館」が解体されること。その2は耐震補強のリニューアル案の検討が甘いこと。
先日千葉さんに「やってる?」と聞かれて初めてそんなことになっているのを知った。「一体審査員は誰?」と聞いたら北河原さんだと言う。まあ長野市出身の建築家だから押しも押されもせぬ当然の成り行きかもしれない。それにしても、、、、、(涙)
コンペ情報はネットに転がっているものでは落ちがある。有料で買わないと正確で全体の情報は把握できないことが分かった。ネット新聞も有料、無料では大きな差がある。しかし昨今、普通のニュースをお金を出して買う気にはとてもなれないけれど。