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Jul 2013

オレンジパレード

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by 卓 坂牛

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午後は大学院入試。夕方からコンペのスケッチ。もうすぐ11時さあ帰ろう。
机の上には先日届いた『建築家のためのフーコー』(Gordana Fontana-Giusti著Foucault for Architects Routlege 2013)が置かれている。表紙がオレンジでオレンジ好きの僕としては元気が出るのだが読む暇がない。思わずオレンジ色のメガネケースとオレンジ色のノートと一緒に撮影。オレンジにもいろんな色がある。因みにこの本Thinkers for Architectsというシリーズでドゥルーズ、ハイデガー、ブルデュー、デリダ、ガダマー、等が既刊。興味ある方はアマゾンで!

ノイズに無関心な世代が現れている!!

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by 卓 坂牛

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今日の早稲田の演習学生プレゼンテーマは「倫理性」。昨今の建築アートを規定する倫理としての3.11に注目。ヴェネチアビエンナーレの建築・アートをこの視点から分析。倫理が表現を紋切り型にしていないかという見方は秀逸だった。
昼飯は抜きで急いで事務所に戻りスタッフと打ち合わせ。1時に事務所を出ようと思ったが出られたのは3時。金町の八百屋でバナナ買って歩きながら食べる。4時に研究室について石橋さんを含めてコンペ打ち合わせ。1時間打ち合わせして神楽へ向かう。6時に一部の主任のK先生と学生の3人で打ち合わせ。7時に製図室へ。研究室のNさんと打ち合わせ。そしてやっと製図のエスキスと思ったがレネから重要メール。今日はなんだか忙しい。
先日伊藤博之さんから『ノイズを設計する』彰国社2013を頂いた。執筆者は伊藤さん、川辺直哉さん、田井幹夫さん、松野勉さんの四人。未だ読んでいないが、おそらく敷地周辺に先在、潜在するノイズと呼べるようなコトやモノをどう取りいれ、どう利用し、どう建築化するのか。という話だろうなと勝手に想像している。
昨日も若手の展覧会を見ながら僕らの時代に広義のエンバイロンメントを無視する人はいないと書いた。そしてそのエンバイロンメントの何に注目するのかが年代によって少しずつ違うということも記した。しかし、おそらくもう少しするとこのエンバイロンメントに無関心な世代が現れるように思う。もっと建築の内在性に興味を抱く世代が現れている。

僕たちは周辺から何を受け取るのか?

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by 卓 坂牛

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●micoの作品 リテラルに開く作品が多い中、理性的
朝ヒカリエに寄ってNEW HOUSE 2014 展覧会 in aiiimaを見学。MICOの篠原さんにお誘いを受けた。小さな場所でなかなか展覧会の趣旨が分かりづらいが、どうも実施になる住宅の一次審査を通過した住宅が並んでいるようである。8つくらいある住宅は結構似ている。どれも都市に開く、あるいは都市に散らばっている日常的な何かを吸収する、あるいは融和するということに狙いがある。これは先日伊藤博之さんから頂いた彼らの世代の作品集の趣旨、都市のノイズを大事にして建築を作ろうと言う姿勢とかなり近い。いやかく言う私も建築はフレームだと言って周辺から入り込む何かが建築を作ると思っている。それぞれ取り入れるものあるいはその方法の「水準」は異なるが基本として言っていることはかなり近い。ということはこの「水準」が建築を大きく変えるということなのである。
夕方藤原さん、小西さんが指導する大学院の製図の中間発表を見た。神楽坂に何かを作ると言うものだが、彼らも神楽坂を観察してその様々な雑音をenhanceしようとしている。これも同じである。問題はその加工の水準である。

コム デ ギャルソンを読む

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by 卓 坂牛

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今日の輪読ゼミは『相対性コム デ ギャルソン論』。巻頭で僕もアンリアレイジの森永さん、松田達さん、入江徹さんと座談会をした。この本は森永さんを除いてファッション業界以外の人が書いたり話している構成である。それは西谷さんの意図であり、それゆえ相対性という名前が冠されているのであろう。
実はこの本ができた時全部を読んだわけではなかったので今日はゼミに出て学生の発表を聞きながら改めて本の全貌を確認した。
先週はジョアン・エントウィルス『ファッションと身体』を読み、来週は西谷さん監修の『ファッションは語り始めた』を読む予定。

この配色好き

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by 卓 坂牛

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久しぶりに伊藤君、木島さんとランチ。OFDAのあり方についてランチミーティング。それぞれが独立したアーキテクトなのにOFDAという名は何を示すのか?という議論。これはユニット名ではない。かといって単なるビル名のようなものとは違う、、、、と僕は思っているのだが、その辺は三者三様。
午後大学へ。少しして石橋さんも到着二人でスケッチ。長野の建築家に電話してアドバイスをもらい、事務所に電話して法律を確認して、設備事務所に電話してシステムを議論して、構造にファックス。あっという間に5時。神楽へ移動6時から4年の製図。
先日『Fashion color』と言う名の流行色について書かれた雑誌をもらった。年に2回出版される。今出回っている号は今年の秋冬、来年の春夏を予測する。ファッション流の色の説明は正直理解不能。あっこのコーディネーションは好きというのはあるけれど。

会議は嫌い

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by 卓 坂牛

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『ユダヤ人と日本人』の著者イザヤ・ベンダサンこと山本七平の有名な著書は『空気の研究』それをベースに現代を語った池田信夫の著書『空気の構造―日本人はなぜ決められないのか』を読んでみた。こんな本を書くくらいだから著者は歯に衣着せぬ物言いである。さすがの僕ももっと「空気読めよ」って言いたくなるくらいなので僕は十分空気の構造にからめとられた日本人なのかもしれないと思う。しかし、日本の会議に出るとどうして皆は何も決めようとしないのだろうかとイライラしてくることも多い。そして決めない人たちには二種類いて、一つ目は空気を読もうとして自ら何も言わないタイプ。二つ目は徹底して議論して物事決めようとするタイプ。しかして僕はそのどちらも苦手であり状況を勘案してさらっと答えを出して終わりにしたいタイプである。こういうタイプは日本の会議ではまったくのマイナーのようでどうもあまり好かれないのである。なので会議というものが嫌いである。