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May 2016

困った

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by 卓 坂牛

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今日の4年の製図の講評会プログラムを与えて敷地を選ぶという新しいやり方を試みた。うまくできたものも幾つかあったのだが、僕の研究室の学生が4人欠席したのにショックを受けた。こんなことは理科大に来てから初めてである。しかしこの手の学生の怠慢ぶりは今日に始まったことではなく、3年生の授業には半分程度しか出席していないし、3年生の製図も同様である。一体これはどうしたものか???困ったものである。

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by 卓 坂牛

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The architect Higa received the prize of AIJ architectural design division. He now teaches at TUS. I am very much proud of him. I announced the process and the commended persons for the prize of AIJ for book.
本日は学会賞受賞式。わたしは著作賞の審査経過と受賞者を報告。理科大に教えに来ていただいている比嘉さんが武蔵野プレースで作品賞受賞。素晴らしい。おめでとうございます。

研究室の集まりなど

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by 卓 坂牛

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昼から飯田橋で坂牛研究室の集まり。信大生5人くらい(おおなんと少ない)理科大生50人くらいが1時から4時まで楽しんだ。巨大スクリーンにOBたちの作品を写し、現役生も負けじと研究室プロジェクトを発表。それぞれなかなか面白い。発表しない人たちも携帯に模型写真などとってきたのを見せてくれた。いいよねえ皆の作品を見ると元気がでる。老化防止にこれからもみなさんよろしく。2次会の途中でいかねばならぬオープンハウスをを思い出し、横浜へ。冨永美保さん伊藤孝仁さんによるcasacoというシェアハウス+カフェをみに行った。制作プロセスを図式化しコトの流れをかいたフローチャートを見ながら建築の自律性と他律性に想いを馳せた。今作っている自著architecture as frame and reframe も同様の問題系を孕んでおり考えさせられた。
2次会に戻ろうと思ったが遅くなって戻れずすいませんでした。

ブランドとは

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by 卓 坂牛

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今年度の茨城町の廃校小学校再生計画は計画した建物の・使い方・ブランド価値・プロモーションについて考えて欲しいという。しかしそういうことは僕らの専門ではない。ということを申し上げたのだが、実際にハードの計画をする人がそういうことを考えることに意味があると思うと説得された。
うーん。では少々勉強することにした。デービッド・アーカー阿久津聡訳『部ランド論』ダイヤモンド社2014。アーカーはカリフォルニア大学バークレー校の名誉教授。ブランド論の教科書のような人だとそういう仕事をしている人から聞いた。まずはこれを読んでみたらと言われ言われた通り読んでみた。「ブランドとは組織から顧客への約束である」。

Sakaushi lab. football team

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by 卓 坂牛

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坂牛ラボサッカーチームは今年も準決勝の壁を破れず、3位決定戦で栢木研に勝って3位。少しだけ出ようと思って出た最初の試合で太腿裏側が少々負傷。誰が悪いわけではなく勝手に自分で筋肉の筋をちがえました。
今年は Aチームは全員経験者というすごいチームだったのですが、もっと強い高橋研に完敗でした。ああ勝てないものです。

ポピュラリティ

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by 卓 坂牛

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中村とうよう『ポピュラー音楽の世紀』岩波新書1999によればポピュラー音楽とは、クラシック音楽と民族音楽の両方の要素を兼ね備えたものだという。クラシックが天才の才能に依拠している一方で、民族音楽は一般の人々の日常生活の中かから生まれる。ポピュラー音楽は天才の才能が資本主義による商品市場で大衆と結びつくことで大衆が欲求する音楽として生じるのである。
この音楽の生成位置はというとブルースがその典型であるがその最初の波は大衆の下層からサブカルチャーとして生まれそれが商業主義に取り込まれメインカルチャーとして広まるのである。
さてこうした文化の生じ方は音楽に特有というわけでもない。ポップアートも商業市場を意識したものであり、ファッションはいうまでもなく、そして建築も、政治も今やポップの側面を持っている。スターアーキテクツもトランプも原理は結構近い。

susan cianciolo

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by 卓 坂牛

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スーザン・チアンチオロのドローイングの顔が好き。色もいい。緑と朱って補色だし工事現場みたい。

ソンナワタシニナリタイ

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by 卓 坂牛

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これ結構いい字だな。「アメニモマケズ、カゼニモマケズ、ジュギョウニコナイガクセイノタイダサニモメゲズ、イミフメイノゼミハッピョウモキキナガシ、ナニガアッテモドウジナイ、ソンナワタシニナリタイ」。

アメリカンアートの流れ

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by 卓 坂牛

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ポップアートのことを知るのにLucy R. Lippard が60年代に編著したPOP ARTの主要部分を読んでみた。目からウロコ。POP ART はグリンバーグがポストペインタリーアブストラクションと呼んだエレズワース・ケリー(1923〜2015 Kelly, Ellsworth)やケネス・ノーランド(1924〜2010 Noland, Kenneth)とそのヴィジュアルにおいて多くを共有していると指摘していた。ポップは具象で抽象表現主義とは繋がらないと思っていたが、確かにその色使いや形の大きさや大胆さにおいて多くの共通点がある。
そういう繋がりで言うと。抽象表現主義のポロックたちはそれ以前の二つの流れである、抽象とシュールレアルのシュールレアルの自動筆記とつながっている。これも普通だと抽象とつながるとみたくなるがそうではない。一見切れ切れに見えるアメリカンアートはこうして一つの流れの上にあることがやっと見えてきた。

ポストモダンの見方

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by 卓 坂牛

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ユリイカ、現代思想の編集長を務めた三浦雅士が面白いことを言っている。ポストモダンとはアメリカが(西欧ではなく)70年代後半に勃興してきたアジアを無視できなくなり、このアジア文化を西欧が発明したモダニズムを否定するために利用したという説である。その証拠に音楽のポストモダニズムと言えるミニマルミュージックの淵源はガムランミュージックだと述べている。
建築では直接アジアがモダニズムを覆す力になっているとは思いにくいが、、、
三浦雅士編『ポストモダンを超えて—21世紀の芸術と社会を考える』平凡社2016