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Jan 2017

日本の小さなスペース

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by 卓 坂牛

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昨年ウィーンで日本の小さなスペースを研究している学生としてキャサリンを紹介された。今年日本に調査に来ると言っていてフォトグラファーの彼氏とやってっきた。日本が初めてだというのに金町まで正確にやってこられた。日本の小さい空間のどこに研究の価値があるのか聞くと、ウィーンの都心部にも小さな土地がいろいろあるが誰も使えなくて困っている。それをどうしたらポジティブに使いこなせるかを考えなければいけないが、その時に日本の空間の使い方が参考になるのだという。なるほど。とはいえ彼女たち極端に小さな日本の家に住むきにはなれないのだという。彼女が残り一週間日本で何を見てウィーンでどういう修論(設計)をするのか興味ぶかい。

サイ・トゥオンブリーのチョーク絵

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by 卓 坂牛

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写真の整理をしながらどの絵が一番印象的だったかと考えてみた。どうもこのサイ・トゥオンブリーの作品が最も強く残っている気がした。Momaにあったのかホイットニーにあったのか忘れてしまった。この絵は黒板にチョークで描いたものである。フェキサチーフなどをかけて固定しているのだろうが、そうは言ってもみるからに儚い感じがいい。線が即興的でかすれながらそれでもある規則を繰り返しているようなminimalism的なところもある。かなり大きな作品で幅4メートルくらいはある。一体10分もあればできそうなこの絵を見ているとトゥオンブリーがチョーク片手に踊りながら線を辿る姿が想像される。

東京

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by 卓 坂牛

日本到着。早い。いつも行く外国はだいたい一回から二回乗り継ぎなのでダイレクト便で帰れる都市は本当に近く感じる。今回のニューヨークでは色々な人と知り合えて有意義だった。加えて長くいれたのでこの都市をだいぶ客観視できるようになった。
東京に戻ると日本はなんて雑菌のない国なのだとつくづく感じる。クリーンにクリーンに(見える)作られている国である。良くも悪しくも。

NY

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by 卓 坂牛

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おそらく日建時代に勤続10年の記念としていただいた休暇でパリ郊外のノジョンに40日間遊んでいた時以来の純粋休暇をニューヨークで楽しんだ。と言っても6日間だが。そして娘がファッションの学校に来ていることもあり洋服屋さんはいろいろ見た。日本より高いけれど日本よりかっこいいものが多い。最後日にFITの美術館を見ようと思っが時間がうまく合わなかった。寮生活の娘の1年目も後半に入る。今後も目が話せないが楽しみである。がんばって。

ゴスペル

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by 卓 坂牛

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ハーレムに行くのは30年ぶり。1985年UCLAを卒業してクラスメートの知り合いのニューヨークSOHOのマンションに1ヶ月住まわせてもらい修士論文の素材を集めた。その時ハーレムに行ったのは怖いもの見たさで、やっぱり行ったら少し怖かった。その後ニューヨークにはよく行ったがハーレムに行く時間はなかった。今回はハーレムでゴスペルを聞いてみたくて125丁目の教会に行った。おお全くあの頃の面影はない。ゴスペルを教会で初めて聴いたのだがこれはしびれる。グルックリンよりはるかに洗練された都会という感じである。実際ブルックリンより家賃が高いらしい。こうして低所得者はさらに外側に追い出されていくのである。

大雪のニューヘブン

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by 卓 坂牛

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午前中の電車でニューヘブンに向かう。なんと今までこの地を訪れたことはなかった。しかしよりにもよって今日は朝からニューイングランドは雪である。車窓から見える眺めはほんとんどスキー場。昼についてキース・クローラックの向かえの車に乗る。あまりの雪なのでイェール大学を車の中から案内してもらう。この19世紀後半から20世紀前半の建物群のほとんどはどっしりとした様式建築である。その中で、カーン、SOM、ルドルフ、グワスミー、フォスターなどのモダニズムの建物が異彩を放つ。カーンの二つの建物は彼の処女作とも言える。イエール大学アートギャラリー(1951年 – 1953年)は彼が53歳のときにできている。もう一つのイエール大学英国美術研究センター(1969年 – 1974年)は74歳の作品である。確かに後者の方が完成度が上がっているように思えるが処女作にして素晴らしい出来であるのは言うまでもない。
ルドルフの建築学部棟は我々の時代の教科書的建築。その程度に思っていたが、『メディアとしてのコンクリート』に記されているように、表面の荒々しいコルゲート状の削り仕上げはコンクリートの汚れを考えてのデザインだった。汚れは溝の凹部分を流れることで規則的な汚れの線を作る意図だったそうだ。確かに50年経ったこの建物の外観は汚れた感じがしない。

ジャパンソサエティで

On
by 卓 坂牛

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ニューヨーク・ジャパン・ソサエティで芸術監督である塩谷陽子が企画した「日本と東アジアのダンス」5本を見る。ニューヨークにこれだけのホールを持って年間数十本の講演を打つ塩谷も立派。スタッフのアメリカ人があなたは塩谷のクラスメイトでしょうと聞くからそうだよと答えると、昔はどうでしたと聞くのでまったく変わらないというとびっくりしていた。
僕が塩谷の企画をニュヨークで見るのもニュースだけれど、そこで演じている北村明子は付属の後輩であり、信州大学の後輩教授でもある。このレアな邂逅に今晩は乾杯である。
われわれは付属出身である配偶者とニューヨーク留学中の娘と娘の友人エミー、それにたまたまニューヨークに来ている親友ロベルト夫婦の6人で訪れた。

アルプの音響コンサルの実力

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by 卓 坂牛

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オブ・アルプの世界で2番目に大きい事務所がニュヨークにある。一番はもちろんイギリスにあるのだが。ここでは400人のエンジニアが働いており、その中でも構造エンジニアを除いてとても重要な役割をになっているのがサウンドエンジニアである。その部門でのニュヨークでのチーフがジャウム・ソラーである。彼はバルセロナ生まれでもともと建築が専門ではない。エレクトリックエンジニアである。アルプニューヨークのサウンドパフォーマンス室に案内していただいた。ここでは世界有数の音のいいコンサートホールの音が聴けるのである。そこで幾つか試していただいた。ウィーン、アムステルダムなどである。これは信じられないが彼らは世界で100近くのホールのサウンドデーターを持っていて再現できるし、騒音のデーター、例えばセントラルパークの音やブライアントパークなど公園の音も持っているのである。そのデーター取集力と再現性には目を見張る。
夜ジャパンソサエティに塩谷企画の日本アジアダンスショーケースを見に行く。いっぺんに5つのダンスを見るという企画は斬新であるその一つが北村明子さんのものであった。なんと一晩に4人の付属生がニューヨークに会した。すごいね。

ラジエータービル

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by 卓 坂牛

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修士論文で書いたニューヨークの満点ろう研究はUCLAを終了した後ニューヨークに一ヶ月滞在して資料を集め、建物を見て帰国後数ヶ月で書き上げた。その摩天楼の中でも初期アールデコスカイスクレーパーはニューヨークをニューヨークたらしめる個性的なデザインが多い。その中でもこのレイモンドフッド設計のラジエイタービル(1925)は頂部の装飾に金色が施され、適度に華やかで好きな建物であった。僕の修論は摩天楼の社会受容についてその3分の一を費やしていて、絵画、写真、小説などでの現れ方を調べた。ラジエータービルはジョージアオキーフが描いていていることで有名になった。

美術館3つ

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by 卓 坂牛

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美術館3つハシゴ。MOMA. ホイットニー、ニューミュージアムである。こんなことそう滅多にできる物ではない。MOMAはただただピカソのアヴィニョンの女とマチスのダンスが見たかった。この二つはおそらく門外不出なのでは?日本ではもちろんのこと他国でも見たことがない。やはりいい。
そのあとホイットニー。ここではデドワードホッパーが見たかったが、4つしか作品がなかった。それでもホッパーの本物を見るのは初めてでその孤独感が素敵だった。少し休んでからニューミユージアムに出かける。ピピロッティリストの個展が行われていた。ヴィデオ映像を天井に映し下から見上げる仕組みである。下の方の階では床に寝転んで見る。うえ方ではと丁寧にベッドが用意されていてベッドに寝ころがってみる。これがベッドが10個以上並び、人々が数十人天井を見上げている様は見事である。