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Nov 2019

白斑

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by 卓 坂牛

舌に白斑ができ検査したのが1年前。それから3か月毎に経過観察。大きくもならず小さくもならない。このま一生なにも起こらない場合もあれば癌になることもあると言われ3か月後の予約をする。しかし明日癌になったらどうなるのだろうか?小心ものである。

絨毯

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by 卓 坂牛

物が増えないように夫婦はお互い衝動買いを控えるようにしている。が昨日大学行く道すがら目に止まったスリッパが暖かそうで衝動買い。でも絨毯と同じ色なので存在感ないらいいか。先日長谷川逸子さんが来た時、篠原先生の設計は絨毯多いですよね?と聞いたらほとんど絨毯と言っていた。理由はやはり吸音みたいである。

バリアフルな家

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by 卓 坂牛

週末長谷川逸子さんが拙宅に来られ、地下に降りる階段に手摺りがないのね歳とったらどうするの?と指摘された。古澤さんにはバリアフルな家なのに断熱だけは怠らないのはこの歳の生き方への批評だと言われた。常山さん橋本純さんにも同じ趣旨のことを言われた。批評というほどこういうあり方を世に普及させようなどとは思っていない。こういう考え方は否定できないというだけのこと。

そもそも神楽坂に住むなら坂の上下なく生活できない。バリアブルな町なのである。身体が言うこときかなくなったら平らなとこらに移動するだけのこと。

あなたはiPhoneを捨てられるか

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by 卓 坂牛

ハン・ジョンピルは疲弊社会から脱出するにはネットに反応せず自分と他を比較するなと説いた。これに賛成か反対か僕の建築の条件のクラスでネットアンケートを取った。すると面白いことに女性は賛成8、反対1、どちらでもない4、男性は賛成4、反対10である。女性はネットから切れることに積極的で男性は否定的である。男性の方がネット依存的である。

キネステーゼ

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by 卓 坂牛

フランスの高名な哲学者が川久保や三宅の服はフィットすることを良しとするヨーロッパの服とは異なり身体と服の間に空隙を設け身体が動く感じを意図して生み出している。これによって逆に服を自覚する。哲学者はこの「動く感じ」を「ギネステーゼ」と呼んだ。僕が自邸の建築に作ろうとした「運動」とはこの「キネステーゼ」を生み出すことのように思う。そのために床壁天井の中で「動く感じ」を自覚できるようなサイズが大事である。そして身体サイズは抜けた大きなサイズがあることで自覚されることもまた重要である。

理論としての建築家の自邸

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by 卓 坂牛

長谷川逸子さんと門脇耕三さんプロデュースの「理論としての建築家の自邸」という催し物があり自邸に50人近い方が訪れ見学をしてから長谷川さんのギャラリーで議論した。クリティークの吉村さん、古澤さん、能作さん、常山さ、山道さん、連さんが熱く拙宅を語ってくれた。実りある議論であった。

その昔槇文彦さんが新建築で代官山の確か第3期を発表した時に磯崎さんが槇文彦論を寄稿した。槇さんはその号の自作の解説の最初に「磯崎さんが槇論を書いてくれているらしいが、磯崎さんのことだから槇論と称して磯崎論をかいているのだろう」と書いていた。おそらく批評とはそういうものでクリティークの皆さんは坂牛論と称して自分論を展開するのだろうと思っていたがやはりそれはそういうことだった。それに不満かと言うとそうではなくてそれは想定内のことでかれらの彼等論聞きたいが故に彼らにクリティークをお願いしたのである。

分かっているのなら何も頼まなくてもいいのではないのかと問い詰められるとやはり完全に想定内ということでもなかった。運動と風景という問題意識の根源は何か、運動と風景はコンセプトではない、批評を排除している、内部と外部の反転性、ねっとりまとわりつく身体性、人生が現れている、認知できないものが作られている、などは重要な指摘である。それに対する答えはすぐにはでないので時間をかけて考えてみたい。

多くのクリティークの方に来ていただいたが故にステレオタイプな言葉に回収されなかったことが収穫である。本当に感謝である。

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by 卓 坂牛

足にひびが入った配偶者は這って階段を上り下りしている。その姿を見て思わず「芋虫みたい」と言ったら「カフカだっけ?」という。いや『変身』はは毒虫。なんだっけ?そう、江戸川乱歩である。戦争で手足がもげた夫と暮らす妻が夫の目が怖くなりくり抜く話し。子供の頃乱歩の怖い話しを好んで読んでいたが今思い出すとぞっとする。

 

 

理大祭

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by 卓 坂牛

帰り道ティッシュをくれたのでよく見たら理科大の文化祭の宣伝だった。ご苦労様。

新高梨

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by 卓 坂牛

大きなソフトボールくらいある梨をいただいた。高知県の新高梨という。梨は剥くと切口が茶色くなるので剥いたらすぐに食べたい。しかし大きいので誰か来たら食べようと思っているのだが、誰も来ない、食べるか?

 

愛知トリエンナーレ

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by 卓 坂牛

中学高校サッカー部時代の同僚、山田健太専修大学教授(言論法)が企画した「愛知トリエンナーレその後」と題した連続講義の第一回に行った。演者はキュレーターの一人だった鷲田めるろ氏。鷲田さんは文化庁の補助金カットに抗議して文化庁で務める二つの委員の職を辞した。自分が国の介入に慣れてしまわないようにと考えた末の決定だったと言う。キュレーターとして価値ある判断だと感じた。