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Aug 2008

二国の貧困

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by 卓 坂牛

湯浅誠『反貧困』と堤未果『貧困大国アメリカ』(いずれも岩波新書2008)を読む。怠惰な貧困は自己責任ではあれど、基本的に「貧困」は自己責任ではない。と僕は思っている。湯浅氏もそう考える(自己責任ではない)一人である。その主張はノーベル経済学賞をとったアマルティア・センに依拠している。センは「貧困は単に所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」と主張した。つまり所得0でも健康な人と喘息の人では働く潜在能力が異なる。あるいは援助してくれる親戚がいる、親の家に同居できる、学歴がいい、などなど、こうした潜在能力があれば所得が0でも貧困ではない。逆に親が死に、親戚が意地悪で、塾へも行けず、大学に行く金は無かったという風に生まれてこの方潜在能力を奪われ続けてきた人もいる。こうした人が貧困に陥ったとして、それを自己責任というのは当たらないわけである。
アメリカを見習ったがためにどうも変な考え方が蔓延してきた日本だがその当のアメリカの話は笑えない。アメリカの貧困層はちょっと前までアメリカの豊かさを体現してきた中流階級である。2005年のアメリカ全土の破産件数は208万そのうち企業破産は4万。残りはこの中流階級の破産。そしてその原因の半分以上が高額医療だという。2泊3日の出産費用が2万ドル。などなど。事例を読みながら背筋が寒くなった。患者側の保険もさることながら、医者が入る賠償保険の高さも有名な話。産婦人科医が入る保険料が年間数千万で、医者を続けられなくなる話は何度かテレビで見た。原因は保険会社が少なくて保険料が高騰するのだそうだ。われわれは競争原理と言えば下がるものと思い込んでいるが、逆も起こりうるということである。こうした場合に政治が介入しないととんでもないことが起こるのである。こうなると本当に貧困は人災とさえ言える。政治の問題である。日本はアメリカから学ぶことが多多あるのである。尻尾振ってついていくだけが日本の道ではない。

質的データー分析

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by 卓 坂牛

8月29日
先日読み始めた佐藤郁哉『質的データ分析法』を読み終えた。大学で雑誌の写真分析などしていると、まずは手始めに数量的傾向をつかむわけだが、どうしてもそれは何が「多い」かということを見ているわけである。多いことはひとつの重要な指標である。しかし一方で数は少ないけれど、この一枚の持っている意味というものを感ずることがある。しかしその一枚の意味をどう掬いあげることができるのか、つまり量ではなく質を評価する方法が欲しいと思っているわけである。
実はこれを読んでみても決定的に新しい手法が書いてあるわけではない。おなじみのkj法を含めて知的生産の方法が丁寧にわかりやすく書いてある。新しくはないけれど論理的に整然と書かれているので大変参考になった。しかし一番新鮮だったのは、思考プロセスを手書きカードではなく、すべてコンピューターでやろうという発想である。発想だけではなくそれ用のソフトも既に多く存在しているということである。カードを使ってkj法まがいの思考方法をとっていた僕にとって、著者の方法は、新鮮である。いくつかのフリーソフトや体験版ソフトをダウンロードして遊んでいるのだが、使えそうでまだ使えない。しかし、例えば、カードに書きためたデーターをコンピューター上でばらまいてグルーピングしたり順序づけられればそれは便利である。ただいかんせんコンピューター画面は小さい。製図板くらい大きな板が欲しいところだが。

帰国

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by 卓 坂牛

目が覚めたら6時10分。身支度を整えて急いで部屋を出る。ロビーに降りると6時半に来る予定の劉さんはもう来ていた。キーをフロントに返し、車に乗る。帰りは浦東(プードン)ではなく虹橋(ホンチャオ)空港である。プードンが成田ならホンチャオは羽田である。今まではドメスティック専用だったものがインターナショナルにも使うようになったものである。市内から近い(というか市内なのだろう)ので6時半に大倉(タイソウ)を出て着いたのは7時半である。往路プードンから3時間近くかかったのを考えると雲泥の差である。
帰りも中国東方航空であるが日本の飛行場は成田ではなく羽田である。この便は便利である。行きも羽田―ホンチャオがうれしいのだが、いい組み合わせが無いようである。
羽田には日本時間の1時着。入国審査を過ぎ、たまった留守電に返事。昼食をとったら2時を回る。時間があったら東工大に博士の発表を聞きに行く予定だったがちょっとつらい。事務所に戻るべくモノレールに乗る。行く時上海に着いたら大雨だったが、帰って東京についてもやはり大雨。モノレールの外がよく見えない。
事務所に戻り、k-project契約図にはんこうを押す。その後、九州プロジェクトの報告を聞く。設備の打ち合わせで少しプランが変わりそうである。そのあたりも含めて施主打ち合わせが必要。先方の秘書に帰国の電話をすると施主はアメリカご出張中。来週後半のアポをとり電話を切る。

複雑な工事

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by 卓 坂牛

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朝から現場で打ち合わせ。午前中はゼネコンから提出された追加見積もりの査定である。単価はよくわからないが、数量は軒並み倍である。どう計算したらこうなるのか?プロマネ事務所の責任者を呼び、一緒に図面にスケールをあてて計算する。こういうチェックをするのがプロマネの仕事であることを注意する。その後ゼネコンを呼び数量を間違いを指摘する。しかし彼らはなんやかんや理由をつけて自分の非を認めない。どういう神経しとるのか?
昼飯はこのあたりには食べる場所がまったくないので車で近くの町に行く。昼から宴会である。まあよく飲むよく飲む。こちらはお茶だが彼らは昼からイッキの乾杯合戦である。まあこれが文化だから否定はしないが、、、、、
午後はこれから作る一階の壁の型枠について説明する。そして施工図を絶対書くように指示。この建物は200メートル近い長い建物。その半分は写真のとおりランダムな窓であり残り半分は横連窓。その切り替わりの間に銀色の帯が流れている。ランダム部分は事務所研究所、横連想窓は作業場。東京工場とその形体構成は似ている。このランダム部分の外装は石。開口部のガラス面は60センチほど引っこんでいる。模型のとおり形は大変複雑である。工事ほこれまで杭と基礎だったがこれからいよいよ地上部となる。この複雑な建物を彼らが本当に作れるのだろうか?心配である。この模型は1/200だが、1/50の中国事務所においてある模型も現場に持ってくることにする。穴があくほどよく見てほしいものである。
夜は市の共産党書記であるシャーさんと食事をする。2005年に僕が最初にこの仕事のためにこの市に来てからのお付き合いである。トップにたつ人だけあって実に品格のある方である。

建材市場

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by 卓 坂牛

8月26日
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中国にはカタログ文化がない。カタログでものを選ぶ習慣がない。現物主義である。実施図面で書いていたことが本当にできるかどうか実はわからない。中国のカタログを見ながら図面を描いていたわけではない。日本にあるものを基本に描いていたわけである。そこで今日はゼネコン、プロマネ、クライアントとともにそうした「物」が本当にあるのか探しに行った。中国にはどうもいたるところに建材市場があるようだ。日本の日曜大工ショップなんていう規模ではない。材種ごとに巨大マーケットがある。最初に行った石材市場は石屋だけ数十軒ある。次に行ったカーペット屋には内装建材の店がやはり数十軒並んでいる。そして外装の金属屋。外装材の値段はもちろん日本より安い。石とアルミは㎡一万円。タイルは1000円台。塗装はリシン吹きつけのようなもので500円。フッソになると石なみである。次に行ったのは木材市場。日本同様突板がある。無塗装のものが数十種類ある。大きさは日本の規格とは違ってかなり大きい。チーク、シカモア、バーチ、オークあたりは使えそうだ。そして次はタイル。日本だとネットでカタログを探しながらなんとかお目当ての商品に辿り着くのだが、こちらではお店で探しまわるわけである。われわれ外国人にとっては少々大変な作業だが。

大倉現場

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by 卓 坂牛

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10時50分の中国東方航空で上海プードンに。機内は満席。なぜか中国人の家族連れが多い。オリンピック期間中は国外旅行という人たちか?上海には1時前に着く。中国リーテムの劉さんが迎えにきてくれている。上海は大雨30度。市内が大渋滞で大倉(タイソウ)に着いたのは4時を回っていた。ホテルにチェックインせずに直接現場へ。着工してから初めての現場である。毎日の工事進捗状況は日報が写真付きで届いているので大方理解しているのだが、全体感はつかみかねていた。大雨が上がった現場は泥沼状態。長靴を借りて基礎を埋め戻した状態の現場を一周。普通の日本の現場なら基礎の周囲は重機が動きやすいように鉄板を敷いてあるものだが、こちらは何もしてないから田んぼのような状態である。現場見てからゼネコン、プロマネ会社、管理会社、施主、ofdaで定例会議。進行はナカジに任せて聞いていたが、まあとりあえず会議の体はなしているのでほっとした。ただ、プロマネもゼネコンもすぐに言いたいことを言い出すのが順番待ちが苦手な中国人らしい。うーん。人はいいのだが、組織化されていない。

閉会式

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by 卓 坂牛

開会式は見なかったのだが、閉会式はしっかりテレビで見た。人のつくる文字や形がすごいとは聞いていたがたしかに鍛え方がよくわかる。しかし、人民パワーと国家的訓練による一糸乱れぬ姿はやや異様な気もしないではない。それにしてもジミーページが出てきてギター弾いたのには驚いた。おじ(い)さんパワーである。ベッカムはまあいいとして横でヴァイオリンを弾いていたホットパンツの女性は何者?

OB会

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by 卓 坂牛

自宅で読書。日本経済新聞社編『キャノン式』日本経済新聞社2004を読む。御手洗富士夫氏は初代社長の甥っ子だと知る。御手洗家は医者の家系で初代社長も産婦人科医。富士夫氏の家族も父が医者。3人の兄も医者だとか。午後は佐藤郁哉『質的データー分析法』新曜社2008を読む。質的分析は翻訳作業だという彼の説明はわかりやすい。夜坂牛研のob会に行く。恵比寿の改札に集合ということで行ったら3年生がたくさんいる。いったい何事かと聞くと、皆東京の事務所でバイトしているらしい。日建、山本理顕さん、金箱さん。幹事が誘ったとか。
大和ハウスに勤めているN君は松本からやってきた。1月に結婚。おめでとう。JRのN君、第一生命のM君。共同設計のA君。リフォーム会社のT君。大林組設計部のY君、若松事務所のK君。石本事務所でインターンシップ中のM1のO君。竹中でバイト中のM1のKさんは2次会から、日建アクトのH君は仕事が忙しくて来れませんでした。つい話がはずみ3次会まで。就職した人もバイトの人もみな頑張って。

東京も秋

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by 卓 坂牛

午前中は八潮ワークショップの進捗レヴュー。学生たちが撮ってきた映像と音を1時間くらいかけてみる、聴く。特に新しい音があるわけでもないのだが、聴いていると楽しい。町に氾濫する音を改めて意識的に聴くと一番うるさい音は車だということがよくわかる。音の出ない車を開発する会社ってないのだろうか?午後大学院の博士のプレゼンを聞く。木造中高層の研究をしようという学生。構造的な研究なのだが、木造中高層を現実化させるためにはそうした部材を流通させることも重要であると指摘。雑用を片付けて大学を出る。東京駅で丸善による。早めに東京駅に着いた時の楽しみである。カートを転がしまず4階。美術洋書コーナー。アーニッシュカプーアの作品集が魅力的。3階美術のコーナー。絵画ではなく額縁についての本を発見。面白そうである。影の美術史に目がとまる。翻訳本だが魅力的タイトル。他2冊カートに。社会学のコーナーへ。バウマンの本が2冊並んでいる。両方とも新聞の書評のコピーがついている。どうも歳を取ってから多量に本を書く人がいるが、バウマンもそうだ。そういう本はどうも内容が薄いような気がするので通り過ぎる。数冊カートへ。哲学のところで2冊ほど。そして新書、文庫コーナーへ。日経新聞が書いた『キャノン式』をカートへ。御手洗さんの独創性に興味がある。他新書を3冊。建築コーナーへ。GAがニーマイヤーの本を出している。二川さんの撮りおろしだろうか?ニーマイヤーとシーザの対談が載っている。魅力的。さらにギャラマでやっているマーカットのカタログ。写真が本当に美しい。カートで本を買うと買いすぎる。でも仕方ない。
事務所に戻るとリカバリーされたハードディスクが届いている。中をチェックしていた竹内君が7割程度回復してますと報告してくれた。まあ上出来と思おう。失われた書類で重要なものを回復したりしているうちに遅くなった。昨日来所された黒石さんからメール。私のブログに間違いがあったとの指摘。私が参加を要請されたのはシンポジウムではなく、パブリック・イブニング・レクチャー(11月2日)での対談だったようである。その差もよく理解できていない私は困ったものである。来週僕とナカジ出張中の指示をして帰宅。東京も急激に涼しくなった。男子400メートルリレーで銅メダルだそうだ。死ぬ気で頑張った成果。素晴らしい。

ゼミ

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by 卓 坂牛

8月21日
朝からゼミ。4年も加わった夏休みゼミは人数が多い。「建築模倣論―水の建築とは」、「建築保存再生ー1925年からの動向」、「建築装飾論―物理量と感覚量の整合性」、「建築装飾論ー長野市中央通りのフィールド調査」、「阪神淡路震災後の街づくり―孤立化しない街とは」、「空のような建築」、「日本的感性の建築における表現手法」、「建築家のホームページ研究ーウエッブ特性がもたらすhp上での建築表現特製」、「現代建築における装飾性について―2次元的なものと3次元的なもの」「翳を中心に据えた建築」。朝10時に始まり終わったら夜7時。論文の人間はとにかくデーターづくりなので肉体労働の段階。足で稼ぐしかない。設計の人間は悪戦苦闘中のようだ。しかし頭でいくら考えていてもダメなのでありとにかく毎日ひとつ作ることである。簡単なことを少しづつやる。論文でも設計でもそんなもんだすごい閃きなんてあるわけがない。
夕食を食べながらとある学生の就職相談。なかなか悩むところだろう。自分の就職がいい加減だったからせめて学生には悔いのない就職をさせてやりたい。長野はすっかり秋。虫のさえずる若里公園を歩いて帰る。