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Sep 2008

言葉と建築

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by 卓 坂牛

昨晩の夜はヨーグルトとバナナ。今朝は食事なし。昨日の3時に羽田でとった遅い昼食から今日の昼までまともな食事をしていない。そのせいか体調がとてもよい。飯のうまいところ(九州)に行くとつい食べ過ぎて体が重くなるのだが、長野に来るとうまいものにもありつけず食が細くなりそのおかげで体調がよくなる。久し振りにたっぷり寝て6時半ころ目が覚め大学に行く。長野も突如冷えてきた。この後は転がるように冬に突入する。アー恐ろしい。
8時からコンペの打ち合わせをし10時からm1のゼミ。建築を評価する形容詞を調べようというレジメがあった。そう言われると確かに形容詞は変化しているのかもしれない。これまでもそうした言葉の変化をカーサブルータスなどを対象に分析した学生はいたが、形容詞にしぼり(あるいは副詞でもいいのだが)アンケートを取ってみたら面白いかもしれない。建築を語る言葉も作る言葉も変わっている。建築に限らず言葉は変わっている。そして言葉は人を誘導する。それはジジェクも指摘している。「『人間は他者として欲望する』なわち象徴的秩序(言葉)によって構造化されいている」。

世俗政治

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by 卓 坂牛

早朝霧と雨の現場へ向かう。新しい地縄を確認する。建物がかなり道路に近づいてきた。建物のヴォリュームを強調する意味では悪くはないが、敷地の中での奥ゆかしさがやや足りない。ここはぎりぎりの決断なのだが、クライアントを含めこの地縄で行こうという合意に至る。飛行機を遅らせ1時半のanaで東京へ、事務所に戻る。スタッフといくつか打ち合わせし帰宅。
夕食をとりながら、かみさんが聞く?「どこ行ってたんだっけ?」「大分」と返事。「そうそう大分ね、、、」「今日はどこ行くんだっけ?」と聞かれ「長野」と返事。「長野寒いわよ」。風呂に入ってさあ出かける段になり「あれ?どこ行くんだっけ」と再度同じ質問。「そう長野ね」。あと1時間いるとまた同じ質問が飛んできそうである。
車中『ラカンはこう読め』を読み続けるが、疲弊した頭にはちょっときつい。高崎でラカンは休憩。野中尚人『自民党政治の終わり』ちくま新書2008を読む。政治の話は時代劇のような娯楽である。本来は倫理と哲学の実践の場であるはずの「政治」が世俗的なワイドショーネタのように感ずるのは書き手のせいだろうか?

九州だが寒い

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by 卓 坂牛

昼のanaで大分へ。大分国体に来られている天皇皇后両陛下と空港ですれ違う。こんなに近くで拝見したのは初めてである。空港は厳重な警戒体制。どでかい模型の箱にspの目が光る。なんだか嫌な感じである。やっと空港に入れた迎えの車に乗り込む。敷地は今日も深い霧。5時から3時間ほど濃い打ち合わせをさせていただいたが、設計変更による配置の変更は結論が出ず。明朝再度地縄を張りなおし確認することになる。打ち合わせ後は九州の山海の料理をいただく。美味しい。地方の仕事はこれがあるからうれしい。夜になると気温は10度近い。ここは九州とはいっても軽井沢のような気候である。

メール対応

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by 卓 坂牛

研究室からコンペスタディ2案が届く。はてこれをどう発展させるか?なかなか難しい。ここを押すと何が出てくるか?こう言うとどう反応するだろうか?直したい部分は分かっているのだがそれを分からせて次の一手に持っていくために何を言うべきかを考えてしまう。建築を考える時間より人の動かし方を考える時間の方が長い。
建築ノートの坂本先生の特集原稿の最終稿が送られてくる。中国行く前にいろいろ送っていたのだがさっぱり届いてなかったようである。それらを再送する。新しい原稿は我が家のA4プリンターではプリントアウトしても小さすぎてよく見えない。だいたいの内容はもういいことにする。「てにをは」は校正のプロにまかせる。リード文の色がバックと重なって見づらいのだが、それはデザイナーの気付くべきこと。ということでこれはもう良しとする。
事務所で中国出張中のめまぐるしい展開の報告を聞き明日の出張に持っていくものとその案作り。このプロジェクトは打ち合わせの度に少しずつ大きくなってきている。そして前回の打ち合わせでダメ押しのようにまた大きくなった。別荘地の建物としては容積率が大きすぎる。敷地に対して余裕が感じられない。ゆとりがないのである。こういう建ち方をしていいものだろうか?建物の大きさを見せるのが一つの狙いでもありその点ではこれでもいいのだが。デザイン以前の問題で心が定まらない(これでいいという踏ん切りが着かない)。明日敷地を再度見て決心できるだろうか?

ラカン

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by 卓 坂牛

昨晩深夜送られてきたpdf図面を見ながらスタッフの携帯に国際電話。設計変更中なのに今日地質調査しなければならないというぎりぎりなスケジュールである。送られてきた図面でほぼ確定できているのだが、まだ動きそうな気配。話途中で現場への迎えの車が来る。台風の影響らしく急に涼しくなった。現場でゼネコンとの会議に出たり、東京と会話したりどうも落ち着かない。一段落して昨日打ったコンクリートを再度しげしげと見ていると図面に無いはずの梁を発見。なんだこれ?ナカジに聞くと昨日取るように話はしていると言う。取れるのだろうか??
昼食をとってからタクシーで空港へ。僕はjalナカジはmu。帰りは2時間10分と早い。機中スラボイ・ジジェク鈴木晶訳『ラカンはこう読め』紀伊国屋書店2008を読み始める。その昔無謀にもセミネールの1にあたる『フロイトの技法論(上)(下)』岩波書店1991を読んだことがある。無謀だった。お金と時間の無駄だったと思われる。ラカンにはセミネールと呼ばれるレクチャーシリーズとエクリと呼ばれる論考がありセミネールの方は一般向けと言われている。しかし、それでもこれを読んでも分からないらしい。一方エクリはもっと分からないらしい。とにかく「ラカンはワカラン」のである。そんなラカンには当分足を踏み入れたくなかったのだが、とある院生が無謀にもラカンが自分の主張の背骨だというので仕方ないから先生も入門書でもよんで再度勉強しようというわけである。トホホ。東京は今日の上海のように涼しい。いよいよ本格的な秋だろうか?

コンクリート打ち

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by 卓 坂牛

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早朝東京へいくつかのメールをしてから15元(250円)のホテルの朝食をとって現場へ。現場に到着すると2階床とエントランス階段のコンクリートを打っていた。見ると階段の鉄筋が型枠にくっついている。内部階段なので打ち上がってから補修することとする。この建物は一階の階高が5メートル以上ある。そのスラブをすべて支保坑で支えている。すごい眺めである。鉄は高いのでとにかくなんでもコンクリートで作る。そしてこちらのならわしで1階床はスラブではなく土間コン。それも最後に打つ。だから支保坑は土の上に立っているのである。なんとも原始的な風景である。日本ではまあお目にかかれまい。
午後クライアントが到着して月例会議。増額工事の話がスタック。通り雨がすごい。打ち上がったばかりのコンクリートに降り注ぐ。雨が過ぎ去った後に見に行くと、部分的に洗い出し状態。
事務所に送ったメールの返事が来ないので何度か電話したりメールしたり。昨日の九州の変更への解決策やら構造への波及の問題やら電話で話し始めたところで時間切れ。クライアントと現場を後にする。夜は施工者を含めての会食。早々に切り上げホテルへ。事務所からPDFで送られてくる案に電話で注文。

大分経由上海

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by 卓 坂牛

9時40分のjalで大分へ飛ぶ。迎えの車に乗り1時間。昼食をとりクライアントエンジニアのIさんと敷地に行く。敷地の草は刈られ、地縄が張られ、1階、2階のレベルに足場が組まれ各部屋からの展望が見えるようにセットされていた。素晴らしい。と言いたいところだが、この地域特有の霧に包まれ景色は全く見えない。晴れていた時の風景を重ね合わせ想像力を働かせるしかない。事務所に戻り、施工者、現地の設計者、設備業者総勢10名の打ち合わせを始める。いきなりカウンターパンチを食らう。今日は欠席しているクライアントが風水を見てもらったところ駐車場上の浴室はまずいとのこと。設計変更を余儀なくされる。基本設計が終わっているというのに、、、トホホである。とにかく図面の説明、今後のスケジュールを確認したところで残りの打ち合わせをスタッフのyさんに託し退席。福岡空港まで送ってもらう。4時20分のjalで上海へ飛ぶ。福岡から1時間10分。東京へ帰るより近い。機中、中野京子『怖い絵』を読みふける。「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」という名作。カラバッジョの有名な絵である。と思って見ていたらカラバッジョのものではなかった。アルテミジア・ジェンティレスキという画家のもの。もちろんカラバッジョも描いているのだが、それよりはるかにリアルで怖い。ホルバインの「ヘンリー8世」という絵がある。ヘンリー8世はエリザベス1世の父であるが、男の子が生まれず最初の奥さん(死んだ兄貴の妻)と離婚するために英国国教会を作った男である。そして2人目の奥さん(エリザベス1世の母)にも男の子ができなかったことからこの奥さんは死刑にしたというなんとも冷徹な男の絵はこれも男のエネルギーがみなぎる絵である。怖いというよりは脂ぎっている。
プードンでは迎えが見つからず、ロビーでしばらく佇む。リーテム中国の顧さんが待ち呆けている僕を見つけてくれた。タクシーに乗り込み大倉へ向かう。高速は大渋滞である。今日はやたら車に乗っている時間が長い。3時間かけてやっと大倉に到着。先週から現場にいるナカジと会い飯を食いながら状況を聞く。明日は施主定例。上海から専務が到着する。

林さん出版記念

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by 卓 坂牛

昼ごろ事務所に中学生が7人やってきた。クライアントの息子さんとその友達。学校の文化祭で行うクラス発表のテーマが建築なので話を聞きたいという。研究対象は霞が関ビル。なんとも通な選択である。しかし質問のポイントは構造にあるようだ。これは聞きに来る相手を間違っている。とは言えないので、アメリカの超高層の歴史から語ることにした。あとは柔構造、免振、制振とキーワードの説明。次に模型の作り方講座。先ず材料。スチレンボード、スタイロ、カッター、スコヤ。そしてそれらを売っているお店。などなど。ちなみに霞が関の図面は鹿島建設にもらいに行くそうだ。頑張れ未来の建築家諸君。
3時にパレスサイドビル、アラスカに行く。林さん80歳のお祝い兼、『林昌二の仕事』新建築社2008の出版記念パーティーである。この手のパーティーだと帰る時に本をいただくものだが、重いだろうから郵送しますとのこと。林さんらしい気遣いである。出席者はほとんどが林さんのお友達。僕は明らかに一番若い。いやもう一人。日建の山梨。しかし日建の現役社員は彼しかいない。社長さえもいない。80の好々爺にもう少し優しくしてもよかろうが。それにしてもこの歳のお友達の集まりだからなかなかの迫力である。平均年齢70かつ、建築界の重鎮ばかり。こんな集会は滅多に参加できるものではない。6時ころ事務所に戻る。明日の九州出張の準備打ち合わせ。オープンデスクの桑島さんは休みも関係なく頑張る。

怖い絵

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by 卓 坂牛

8時から研究室でコンペの打ち合わせ、引き続き10時からゼミ。卒業生が7人修了生が7人。今年はヴォリュームたっぷり。私大と比較すれば少ないのだろうが、普通の国立大学と比べるとちょっと多い。3時くらいには終わるだろうと高をくくっていたのだが案の定終わったのは5時。6時の新幹線に乗ろうと思ったのだが、事務関係、科研関係の雑用をしていたら遅くなった。結局乗った電車は7時半。車中、中野京子『怖い絵』朝日出版社2007を読む。17世紀から20世紀までの絵画20枚が取り上げられ、それぞれの絵に潜む怖さを解説している。ドガのエトワール。その昔バレーダンサーとは娼婦であり、エトワールのカーテンの裏に足だけ見える紳士はパトロンである。という話などはその背景を知ると絵の高貴な雰囲気とのギャップに驚くが、クノップフの見捨てられた街などは海に吸い込まれそうな建物の静謐なファサードの雰囲気自体が怖い。そうやってこれらの絵画を見ていくとどうしてこんな絵を描くのだろうかという気にもなるし、やはり本気の絵というものは人間の葛藤の結末なのだなということがしみじみ伝わる。東京に着いたのは予定よりだいぶ遅れた。事務所に直行。雑用したり、打ち合わせしたり。12時過ぎに帰宅。かみさんが明日の締切の作品を制作中。終わるのかしらん?

建築家倫理

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by 卓 坂牛

台風が過ぎ去ったにも関わらず朝から雨模様。ついに秋雨前線だろうか?いやな季節である。そうめんを食べて事務所へ。A0勉強会。そろそろこのジョフリー・スコットArchitecture of humanismも佳境である。私の班は第九章の結論までやってきた。彼の語り口は最後まで自らが推す古典建築あるいはヒューマニズムを上げたり下げたりである。その迷路のような論旨を紡ぎだすのに苦労する。夕刻、帰宅夕食をとって一風呂浴びてから長野に向かう。車中、奥村俊宏 他『ルポ内部告発‐なぜ組織は間違うのか』朝日出版社2008を読む。企業倫理に関わるルポである。三菱自動車に始まりミートホープ、船場吉兆など昨今新聞をにぎわせた話題が事細かに記されている。これらの問題の表面化はコンプライアンスへの自覚が高まったことのみならず、内部告発者を保護する法律が制定されたことに依るところが大きいようである。
建築家としての倫理感とは何か?建築家はもちろんクライアントの利益代表者である。それはクライアントに最良のデザインを提供することである。そして同時に法を守り、施工者の施工が適正かを判断する。さらにクライアントの枠を超えて社会に対してそれが受け入れられるものであるかも考えなければなるまい。それは時としてクライアントの利益と矛盾する場合もある。
僕は日建設計時代にこうしたことを学んだ。退社後に林さんと会った時に日建で教わったことはデザインでもないし、仕事の進め方でもないし、建築家としての倫理だと言ったら。「ほーそうですか」。とちょっと意外な顔をされたのだが、それは今でもそう思っているし、そんなことはなかなか学べない重要なことだと感じている。耐震偽装を始めわれわれ建築関係者も建築技術者倫理を強く自覚しなければならないことは言うまでもない。