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Dec 2010

親父の書斎

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by 卓 坂牛

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生まれ育った西武池袋線江古田を歩いてみたくなった。小学校1年まで住んだ場所である。記憶に残る日大芸術学部は建て替えられ街に開かれた最新大学に様変わりしていた。6年間住んでいた団地も建てかえられ住宅供給公社のアパートにはとても見えないぴかぴかのマンションのようになっていた。引っ越し後も通い続けた開進第四小学校に行ってみた。やっと自分の記憶をよみがえらせる風景があった。でもそれは建物ではなく運動場と木々である。そこから10年間通った武蔵野音大へ。ここは建物に記憶が詰まっている。ホールのファサード、ガラス越しに見えるロビー。あそこで恐ろしいレッスンを前に緊張していた自分を思い出す。音大を後にして駅前へ。もうなくなってしまったと思っていた市場と呼ばれるアメ横のような商店街が残っていた。よくここでおつかいの帰りに焼き鳥を食べた気がする。
西武線で大泉学園へ。小学校1年から大学を卒業して日建に入り結婚するまで過ごした実家に行く。よく考えると実家に行ったのは10年ぶりくらいである。2階の親父の書斎に行ってみる。僕ら兄弟の部屋も親父の部屋になってしまったようだ。あれあれ木造の2階にこんな本置いていると家が傾くぞ。一つの部屋は全集ばかり。マルクス、エンゲルス、レーニン。一つの部屋は雑誌と文庫本新書など。わけもわからずこんな本にあこがれた時代があったものだと思いだす。
両親は二人ともまだまだ元気そうでうれしい。親父には立花隆、オフクロには山下洋輔の新刊を西武リブロで買ってきた。本がうれしいくらいだから未だ頭もぼけてはいないようだ。

アトリエ・ワンの「ふるまい学」を読んで思う

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by 卓 坂牛

昨日ジムでシャドーボクシングのようなことをやったせいで体中が痛くて動かない。仕方なく家でゆっくりした。昨日RizzoliのAtlier Bow-Wow Behaviologyといっしょにテキストの日本語訳(英語訳の元日本語?)をもらった。その中の最初の論考アトリエ・ワンによる「建築のビヘイビオロロジー」を読んでみた。こういう考え方は今和次郎的だなあと思っていたら次の藤森さんの文章が「アトリエ・ワン的視線の由来」と題してまさに今和次郎のことを書いていた。もちろん藤森さんとしては今和次郎とアトリエ・ワンの間に自らを位置付けているのであるが。
今和次郎的であるからアトリエ・ワンの評価が下がるわけでは全くない。今和次郎の発想はもともと考現学と称し現在を考えることだった。つまり現在を観察することである。僕の本棚にはその昔おばさんからもらった今和次郎全集が並んでいる。時おりどれということもなく抜き出して眺めてみる。今独特のスケッチによる生活風景に目が釘付けになる。そこには生活に対する今の尽きぬ興味(愛情)が溢れている。おそらくアトリエ・ワンも生活、人に対する好奇心に満ちている。しかし注目すべきはそうした好奇を観察から創作のレベルへ昇華させようと考え続けたことであろう。
アトリエ・ワンの文章の冒頭に彼らの素朴な疑問が書かれている「建築家が作る建物はどうして周りから浮いてしまうのか?」この疑問が最初に決定的に建築家に突き付けられたのは多木浩二によってだと思う。そしてそれを真摯に受け止めて建築を作りはじめた最初は伊東や坂本の世代であろう。しかしそれらの建築はその批判に概念的に対応していたように思われる。それを解読するには少々考えないといけない。それに比べるとアトリエ・ワンはこうした批判に対してもっと感覚的なレベルで理解可能な方法を考えた。そのために彼らは再度人に向き合いながらそこでの観察を形に変容させる道しるべを探したのである。それが「ふるまい―behaviorology」というキーワードである。そう、はるかに直接的で形や人間を結びつける匂いで満ちている。使い勝手がよさそうである。分かりやすい。
彼らが世界で受け入れられるのもこうした分かりやすさに起因するのかもしれない。

参宮橋で黒い家を見る

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by 卓 坂牛

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午前中事務所。今日はスタッフもまばら。S君を連れて平瀬さんの住宅を拝見しに参宮橋へ。昔懐かしい場所。ちょっと迷ったがなんとかたどり着く。カメラマンの山岸剛さんが撮影中。明日引越しらしくぎりぎりだった。マジックコートの黒っぽい外観が印象的。3層吹き抜けの階段室周りがトップライトの光で明るい。窓は木窓。アコーディオン網戸を隠す窓周り、高さ1センチの入巾木、取手のないドアなど随所に味のあるディテール。これが処女作とはたいしたもの。
午後事務所に戻り打ち合わせ。原稿書き。夜は毎年29日恒例の忘年会。武、柳、奥、塚、貝、萩、小、木、島、石、今年は小川君と石田さんもいらっしゃいました。塚本さんからAtlier Bow-Wow(Rizzoli版)をいただく。ありがとうございました。では皆さまよいお年を。

今井浜

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by 卓 坂牛

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海岸をぶらぶら
今日は河津に隣接する今井浜海岸に来てみた。営業していない海の家のテラスに荷物を下ろす。しばらくあたりをうろうろしながら何を描きたいのか考える。美しい海岸を前にしているのだが海は描く気がしない。
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岩もなかなか魅力的だが
自然恐怖症である。仕方ない風化した海の家を描くことにする。
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朽ちた海の家
塗料がはがれかけた壁面の肌理を描いてみたいのだが、、、、お腹が減ったので2時に狩終了。
これで河津でのスケッチは終わり。気に入った絵にはサインと日付を入れた。全部で6枚くらい。今井浜の東急ホテルで遅めの昼食をとってから河津に戻り特急踊り子で東京へ帰る。

輪郭をとることと面をとること

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by 卓 坂牛

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朝食後バスに乗って河津七滝へ向かう。七滝と書いて「ななだる」と読む。文字通り七つの滝が連続する。最初の滝の滝壺あたりに居場所を構え、絵を描き始める。2時間ほど描いてから昼食をとるため下山。その後バスで河津駅まで行き海に出る。海際はすごい風。閉じられた海の家の脇に場所を作りまた絵を描き始めた。
日比野克彦展に触発されて小学生の遠足以来やったことのない絵の具で自然を描くなんていうことをやってみようと思い立った。これはサインペンや鉛筆で建築を描くのとは勝手が違う。やってみればああそうかと思うようなことだが改めてその差を痛感した。
ヴェルフリンではないが、輪郭をとることと面を塗ることには技術的に大きな差がある。絵具で面をとるとどうしたってものの色を真剣に見るようになる。しかも相手は自然だから何色があるか想像もつかない。建築とは違い自然には色が多いことを改めて知る。次に自然の形の複雑さに驚く。当たり前のことだけれど手を動かしてみるとそのことを手で知る。
山と海を見て感じた。山は濁った色で複雑な形状に満ちている。海はピュアな色でシンプルな形で構成されている。きっとどちらにも良さがあるのだろうが最近の気分は海である。年をとると誰でも海を好きになるのかもしれない。

炭火

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by 卓 坂牛

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午前中のスーパービュー踊り子で河津を目指す。窓が大きくトップライト付き。これは暑い。冬でこれなら夏は乗れない。東京から2時間半かかるのだがこの時間あったら京都に着く。なんでこんな時間かかるのだろうと思っていると小田原を越えたあたりから電車はのろのろになる。海岸線を走る線路は曲がりくねっているからだろうか?河津は伊豆半島で暖かい場所かと思いきや風が強く寒い。しかも旅館がまた古いせいか隙間風が多くかなり寒い。羽毛にくるまり庭で絵を描く。寒くて夕方撤退。広間に囲炉裏があり炭火にあたる。

八百屋を改装したレストラン

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by 卓 坂牛

朝の長野は大雪の様相。すでに昨晩から降り積り市内は真っ白である。9時ころのあさまに乗る。トンネルをいくつかくぐると雪雲は消え快晴である。上りは『雪国』の逆になっている。東京について昔の施主の家へ。室内には素敵な油絵が飾られていた。ベトナムのアーティストだとか。
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その後近くで一緒に食事。その昔八百屋だったところを改装したレストランだそうだ。柿木が風情ある。食後新宿で用事を済ませた後世界堂でかみさんと待ち合わす。明日からのスケッチ旅の足りないものを買い込む。かみさんは墨絵用の紙と皿。僕は絵の具を2本補充。筆洗い用の携帯バケツ。携帯椅子などなど。帰宅後荷造り、パレットと筆を出してくる。かみさんの使わなくなった筆を2本ほどもらう。
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零下の長野

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by 卓 坂牛

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7時台のあさまで長野へ。車中ヤクザ肯定論を読み続ける。山口組がどれほど芸能界を牛耳っていたかがよくわかる。芸能もヤクザもマージナルなものであったからこそ繋がったということのようだが、、、、東京は快晴だったが長野は雪が雨にかわった後の曇天。今年最後の講義と製図。欠席が多いのはクリスマスだから?別にクリスマスは学生の特権ということもなかろうが。夜は研究室の忘年会。グッドニュースの報告会。本日クリスマスプレゼントのように設計事務所の内定通知。・・・・留学帰国報告。世界は広くて狭かったそうだ。・・・・装苑賞の第二次審査通過。incredible。4月に文化服装学院でファッションショー。見に行くよ。・・・・リヒテンシュタインとブエノスアイレスに2名留学決定。世界を見ておいで。
2次会途中12時になったので家に帰る。零下の夜。長野駅は冷たく光っている。
一年御苦労さま。来年は信大で最後の卒論修論。有終の美とは言わずとも、飛ぶ鳥跡を濁したくない。みんな頑張ってください。

ゴミの山に埋もれ

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by 卓 坂牛

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今日は事務所の大掃除。「あれ、もう仕事終わり?」と昨日真理さんに尋ねられたが、今日くらいにやらないとゴミが出せないのである。ということを言ったら、同じ四谷の住人である真理さんも慌てていた。いやいや毎年同じことを書くのだがどうしてこんなにゴミが出るのだろうか。カタログが段ボール箱にしたら20箱、フローリングのサンプルが100枚、ガラス、アルミ、塗装見本、などなど、事業ごみのシールが45リットル50枚、10リットルが40枚である。サンプルは借りるというシステムにしたらどうだろうか?捨てるのに金がかかるというのもあるし、そもそももったいない。
ゴミを出した後は床のワックスはがしとワックスがけである。普段つかわない筋肉を酷使したせいか痙攣している。夜は事務所の忘年会。伊藤君が年末で40ということでスタッフから素敵なポートフォリオを送られた。すごいねこれは。伊藤君もボス冥利につきるということだ。OB,OGも集まり総勢16人。こうやって集まってくるのは嬉しい限り。来年もみんな頑張ろうね。

日本のサンタモニカでいいものを見た

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by 卓 坂牛

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午前中九段下で用事。昼食をY先生と共にしてから急いで横須賀線で逗子へ向かう。2時過ぎに逗子で真理さんとお会いしタクシーで佐島へ。車中真理さんがこの辺りは「サンタモニカだねえ」と興奮気味。そう思う!!真理さんも僕もLA経験があるのでサンタモニカだとかマリブなんていう地名で同じ空気を共有する。車で約20分吉村靖孝さんの佐島の貸別荘に到着。今日は海の向こうに富士山まで見えてきた。涙が出そうなロケーションである。そのロケーションにこたえる巨大なピクチャーウィンドウ。でもいいなあと思うのはのはパラレルに配されたRC壁で切り取られる短冊空間の緩いつながり。そしてその幅に合わせた多様なウィンドウで切り取られる不連続な外部。場所ごとに現れる個別な風景が短い記憶の中で連なっていく。想像以上の建物だった。帰りは湘南ライナーで新宿経由四ツ谷。事務所に戻り打ち合わせ。