午前中6年前にできた住宅「ヤマ」へ行く。地震の時に擁壁コンクリートに張り付けた大谷石が割れたのを見に来た。他にも剥離しそうな場所があったので全数叩いてみた。あれあれ結構すかな音がする。
午後事務所に戻り明日の打ち合わせの資料などをまとめる。スタッフのT君が風邪で倒れたのであたふたである。
夕方大学へ。製図のエスキス。いろいろな人がいろいろなことを考えるモノである。信州大学の時はある画一化された学生が集まっていたから、言うことの幅がある範囲にあった気がする。この大学はさまざまな入試で入って来ているせいかいろいろな人間たちがいて言うことの幅がとても広い。それはいい意味でも悪い意味でも。
10時半にやっと終わる。やはり腹減るなあ。
朝自転車で都庁に行った。免許の更新である。去年更新をし忘れた配偶者にせき立てられ、今日でなくともと思いつつ今日行った。天気もいいし自転車は悪くないのだが、途中で10時に客が来ることを思い出し、帰りは必死にこいで帰ってきた。そのせいかへとへとになって午後昼を食べてからしばらく椅子の上で眠った。
夕方大学へ来て仕事して帰ろうと思ったら頼んでおいた本が届いていた。村田喜代子『縦横無尽の文章レッスン』朝日新聞出版2011。よい文章の例として小学校低学年の作文が最初に出ていた。2年生。海水浴の話し。その文章の何がいいのかと言うと「書かなくていいことが書かれていない」ということである。率直に必要なことだけがダイレクトに書かれて終わっている。このさっぱり感は建築に通ずる。ある種の建築を見た時ととても似ている気がする。小学生の作文のような建築を作りたい。表現とは何を表現するかと言うことであると同時に「何を表現しないか」と言うことへの問いでもある。再認識。
ジェーン・ジェイコブス(Jacobs, J)『アメリカ大都市の死と生』(1961)が山形浩生の新訳で鹿島出版会から昨年(2010)出版された。また旧約は前半二部だけであり今回は全編(四部)の訳である。全編一気に斜め読み。実は前勤めていた大学の先生が大好きでよく酒の肴にしていたけれどきちんと読むのは初めてである。始めて読むがそんなわけでデジャブである。なるほど60年代アメリカの大都市再開発を徹底的に糾弾した迫力が伝わる。しかし50年代のアメリカ都市は実はひどいスラム化で人口が減少しており、ジェイコブスの言うような主張が一般的だったわけではないということは知っておいてよい(と訳者解説が言っている)。であればなおさらジェイコブスの主張は凄みを増す。
夕方小林章『フォントのふしぎ』美術出版社2011を見ていた。素敵だなと思っていたロゴが結構碑文のフォントをまねている事を知る。しかも重要なのはフォントだけではなく字間にもあるようだ。
LOUIS VUITTON L O U I S V U I T T O N
なんだか先週の疲れがたまり今日は眠い。長島有里枝のエッセイを持ってベッドへ。
金曜日はbbrの蜂谷君が若松さんの代理で来てくれたのでせっかくだからご飯をご一緒して読みかけの『思想』をネタに遅くまで話した。そのせいか土曜日は不調。『思想』を読み終えて3時ころ帝国ホテルへ。2004年に東大で教えた時の教え子の結婚式。この年の講義は『建築の規則』の基礎となった重要なものだし学生が皆優秀で楽しかった。講義に加え、4つの住宅を見学した。連窓の家#2、HOUSE SA、岩岡邸、ガエハウス。そして毎回レポートを書いてもらい、それぞれの家のオーナーに審査してもらった。贅沢な授業だった。岩岡邸の岩岡先生が1等賞に選んだ詩のような文章の書き手が今日の結婚式の新朗であるhttp://www.ofda.jp/lecture/main/02visit/02/01.html今読み返してみても建築家の心の底を抉るような文章であり彼のモノに迫る深い洞察を感じる。加えて写真(目の付けどころ)が並じゃない。レポートに写真を入れよと言われ椅子の下やポストなどだけを撮る学生は先ずいない。また彼はHOUSE SAのレポートでも坂本賞はとれなかったが坂牛賞を与えているhttp://www.ofda.jp/lecture/main/02visit/01/01.html。彼は今はリルケの研究者であり建築とは何の関係もなくなってしまったが今後とも話を続けていきたい人である。
式後代々木で信大OBたちと会う。皆元気そうでなにより。少々バテ気味
話題になっている『思想』2011年5月号岩波書店を補手の田谷君に買ってきてもらって読んだ。建築家の思想という特集で伊東豊雄、山本理顕の対談が40ページ近くあり。それを読んだ西沢立衛、磯崎新、内藤廣、平田晃久が寄稿している。西沢さん、平田さんはこの膨大な対談に付き合う気は無いようで軽くスルー。内藤さんは思想は語りきれないものとして、まあこれも2人の対談を真に受けていない。3人の気持ちはなんとなくよく分かる。というのもここでの二人の話はもう耳にタコができるくらい聞いているからである。僕でさえそうなら恐らく3人にとってはもう聞き飽きたという感じであろう。『思想』という一般雑誌であるから2人も確信犯的に同じことを語っているのではあろうが。
ところが磯崎さんだけはとても真面目にこの対談に向き合っている(かに見える)30ページ近い論考であるから量からしても3~4ページでお茶を濁している他の方とは意気込みも違う(ように見える)。しかしさすがに磯崎新、2人の対談に対応するふりをしながら自分を語っている語り口は何時もの通りである。柄谷行人の『世界史の構造』によほど感銘を受けたのだろうか、その修辞は受け売りである。
19世紀は都市を官僚が計画した時代、20世紀は大都市が自由経済市場の中で投機された時代、そして21世紀は超都市が電脳ネットワークによって「X」される時代だというのである。磯崎はこのXという手法で新たな職能を生きると締めくくり、2人の言っていることは既に過去のものであるかのごとく語っている。
このXの中身は読者の想像力いかんでどうにでもなるのだろう。少なくとも僕のセンスでは磯崎新のXには届かない。しかしそれとはまったく別に時代がXを求めていることは明らかであり、僕らがXを求めて行動せねばならないそんな背中を押してくれるような文章であることは確かである。
今日は早稲田大学での春学期最初の講義。震災の影響で始業が1カ月遅れている。久しぶりにやってきた文キャンは様変わりしてついに村野さんの大きな校舎が破壊されそれに連続したやはり村野さんの建物との接続部が無残に食いちぎられた肉の断面のように露出していた。ああ痛々しい。なんでこの時代にこれを壊さねばならないのだろうか?OBが属する建設会社にそそのかされて(と言えば言い過ぎだろうか)耐震補強よりはるかにお得ですなんて言う嘘で塗り固められた資料をもとに大学理事会は営利優先で大学の巨大化に走っているように見えるのだが違うのだろうか?
今年は13回の講義で15回分の質を保つように宿題やらレポートやらを書かせるように大学から指示をもらっている。ということを高校生の娘に呟いたら。それはひどい、授業料を返すべきだとマジで憤慨していた。塾に通うこの世代は皆こんな経済観念をもっているのだろうか?それはそれでいいことだとは思うが。
午後事務所に戻り打ち合わせをして夕方大学へ。製図の授業、1時間設計の指示。出来はひどいもんだ。でも4年生の最初はこんなものだったなあと信大のころを思い出す。輪読は木田元の『反哲学入門』現代は「つくる」ではなく「なる」の時代というのが基本的な著者の認識そんな時代に「つくる」建築家は何ができるのだろうかということを考えて欲しい。
●アンドレアス・グルスキー<シカゴ株式市場Ⅱ>1999
今日は朝から事務所。仕事モード。実施図のチェックを夕方まで行う。スタッフと打ち合わせして内容を伝える。その後先日届いたシャーロット・コットン大橋悦子・大木美智子訳『現代写真論―コンテンポラリーアートとしての写真のゆくえ』(2004)晶文社2010をぺらぺら眺める。著者は現代写真のコンテンツを8つに分類。
1) これがアートであるならば
2) 昔々
3) デッドパン
4) 重要なものとつまらないもの
5) ライフ
6) 歴史の瞬間
7) 再生と再編
8) フィジカル、マテリアル
デッドパンは無表情と言う意味で視覚的ドラマや誇張が全く見られないアート写真のことである。例えばアンドレアス・グルスキーや昔のホンマタカシがこれにあたる。僕はこの手の写真がとても好きである。一方「ライフ」は先日観た下薗さんの「きずな」のように写真に人間が滲み出るようなものである。荒木やティルマンスはこれになる。これも僕は大好きだ。デッドパンとライフは対極をいく。写真の客観性と主観性を突き詰めるということである。
現代思想五月号「東日本大震災特集」を読む。32編の論考を全部ではないが時間の許す限り読んでみた。と言うのも昨今のメディア報道がひどく無意味に感じられるからである。そもそもスポンサーがついているテレビや新聞、パニックを回避したい政府、そして責任当事者である東電、どれをとっても原理的に真実を報道しにくい状況にある。となれば2次資料でもいいから違うソースで、情報を大量に仕入れないことにはある正確性にたどりつけない。
地震と日本/柄谷行人
「無責任の体系」三たび/酒井直樹
「未来」はどこにあるのか/西谷修
傷は残り、時おり疼く/森達也
ヒロシマからフクシマへ/関曠野
福島原発大震災の政策的意味/吉岡斉
ゲンパツを可能にし、不能にしたもの/飯田哲也
軍事支配の下流に置かれた「平和利用」/梅林宏道
封印された「死の灰」はそれでも降る/小松美彦
「安全神話」は誰が作ったのか/ 高橋博子
原爆投下以後、反原発以前/山本昭宏
東京を離れて/矢部史朗
ハイブリッドモンスターの政治学/土佐弘之
おそらく『現代思想』とて編集長のバイアスで筆者は選ばれているのだからここにも真実があるかどうかは怪しい。しかしここでは多くの論考を読むことで確率的にそうしたバイアスを少しでも取り除けたと仮定する。そのうえで最も信頼できそうな考えから僕が共感できたことを二つ記しておきたい。
一つはなぜ原爆を受けた日本が原発を採用してきたかと言うことである。それを説明した飯田哲也の論考は説得力を感じた。日本には環境をめぐる社会的ディスコースが形成されてこなかったという理由である。余りに軽薄な知識人的人間のその場しのぎの言葉しか世論形成の土台になく、そのため日本を決める決定事項になんの批判も生み出せなかった。そんな知の空洞化が原子力を「安全なものとして」容易に受け入れてきたというわけである。
二つ目は原子力採用の可否についてである。エネルギー問題にかかわらず、我々がある政策を採用する時にはそのメリットとリスクをパブリックに議論することが重要だろう。しかし原子力問題だけはそうした天秤にかけて検討する問題ではないのではという土佐弘之の議論も正しいように思えた。かれはハイデガーの次の言葉を引用する
「我々は必要に足りるだけの燃料や動力源を、何処から獲得してくるかと言う問ではありませぬ。決定的な問いはいまや・・・<表象する>ことが出来ない程大きな原子力を一体如何なる仕方で制御し、操縦し・・・どこかある場所で檻を破って脱出し、いわば出奔し一切を壊滅に陥れるという危険に対して、人類を安全にしておくことができるかと言う問いであります」
やや情緒的に聞こえるこの言葉の中で、「<表彰する>ことができない程大きな原子力」という認識に注目しておきたい。桁違いの大きさは桁違いの危険をはらむ。その点は結局切り捨てられてしまうわけである。であれば最初からそれを存在しないものとして考えるべきなのである。
世界には原発電気供給をしていない国もあるようだ。オーストラリア、オーストリア、デンマーク、イタリアなど、そうした国を見習う方が正しい選択と思われる。
以上二つの内容は今回の原子力問題における僕の考え方の基礎となっていくと思われる。
オペラシティギャラリーでホンマタカシを見http://ofda.jp/column/てから新宿でかみさんと会う。連休中は東京から出ない。帰宅して現代思想の五月号をめくる。柄谷行人が「地震と日本」という短文を寄せている。阪神でも今回でも災害後に若者のボランティアが相互扶助的に現れることを指摘。そういう共同体の出現は日本だけではなく世界的に起こってきたことをレベッカ・ソルニットの『災害とユートピア』を引きながら説明している。こういうことは日本的なことだと思っていたので目から鱗である。
夕方明治大学にレモンの卒計展を見に行く。郷田先生とばったり会う。今年は高橋禎一さん、小島さん、山城さん、木下さん、トムヘネガンが審査員で賞を出している。夜審査委員の面々に加え北山さんらとともに近くのレストランで夏のトークインのキックオフミーティング。そこでトムの感想を聞くと、今年は一つの大きな形ではなく、フラグメンタルな形の寄せ集めが多いことを驚いていた。それは今年特優のことなのかと疑問に思ったが、確かに全般的にそんな感じはする。そしてそういうフラグメントに異様な密度感を加えてひたすら積み上げていく作り方が一般的になっている。その密度感はオブジェとしての見ごたえはあるのだが建築的な意味を作り上げているのかどうか、にわかには判断できない。
高橋賞をとった成長する住宅は他のフラグメントとは異なり瞬間的にコンセプトとリアリティが見て取れる。短い時間で判断するならこの作品は評価しやすい。
2軒めで北山さんが我々はもっと建築や都市の在り方について発言をしていかなければいけない。それが我々の責任であることを力説していた。そう思う。
6時半のアサマで軽井沢へ。しなの鉄道に乗り換え小諸へ。ある建物の設計者の選定ヒアリング。6社の設計事務所の方とお会いし昼まで個別にインタビューする。すでにこちらで作った基本構想書を渡してありその実現性などについて聞いた。こちらの意向を全く斟酌しない事務所から是非これを実現したいと言う事務所までいろいろあるものだ。というわけで選定はいたって簡単に終わった。
昼をとってからアサマで東京へ。車中佐藤郁哉、芳賀学、山田真茂留『本を生み出す力―学術出版の組織アイデンティティ』新曜社2011を読む。知のゲートキーパーとしての学術出版社4社、ハーベスト社、新曜社、有斐閣 、東京大学出版会の書籍ラインナップ、組織アイデンティティについて分析した本である。4社は個人出版社、10人規模、100人規模、そして大学出版会という規模と性格の異なる4つの組織である。出版と言うのは営利行為であると同時に文化事業である。彼らの持つ悩みは実に設計事務所とよく似ている。例えばよい本は必ずしも売れるとは限らない。特に学術書であればなおさらである。しかし出版社の矜持とはそういう本を世に示すことである。だから定期収入が見込める教科書を売りさばき、会社の顔としては売れぬ名著を発刊することになる。
大学出版会というのは他の3つとはやや異なる。これは財団法人であり営利団体ではない。日本には大学出版会(部)が大学出版部協会に所属するものだけでも。これだけある。
北海道大学出版会、東北大学出版会、東京大学出版会、名古屋大学出版会、京都大学学術出版会、大阪大学出版会、九州大学出版会
弘前大学出版会、三重大学出版会
流通経済大学出版会、聖学院大学出版会、聖徳大学出版会、麗澤大学出版会、慶應義塾大、出版会、ケンブリッジ大学出版局、産業能率大学出版部、専修大学出版局、大正大学出版会、玉川大学出版部、中央大学出版部、東京電機大学出版局、東京農業大学出版会、東京農工大学出版会、法政大学出版局、武蔵野大学出版会、武蔵野美術大学出版局、明星大学出版部、関東学院大学出版会、東海大学出版会、大阪経済法科大学出版部、関西大学出版部、関西学院大学出版会
その中でも売上1位は東大出版会である。これはまあ当然。しかし意外なのは第二位。アマゾンやジュンク堂の売り上げでは東京電機大学出版局が東大に続く。理系の重要書を上手に刊行しているのであろう。それにしてもこれだけ出版会があるのなら、理科大に無いのが不思議である。先日理科大出身で某出版社にお勤めの方とお話していたら是非理科大出版会をとおっしゃってくれた。実現できれば嬉しい限りである。
それにしても本書を読んでいると人文系の出版社は人文系出身の方が創業し母校の人文系の先生たちの本を出すわけである。しかるに理工系の先生は人文系より出版に価値を置いていない。だから出版社に勤めようなんて言う理工系の人は少ない。東工大も出版会を持たない。加えてそもそも建築を理工系などと思っていない我々は理工系の出版社からの出版を期待していない。とは言え人文系の出版社とは縁が無い。だから出版のとば口まで進むのも一苦労である。こうなると理科大学出版会を何とか作りそこで理科ではない本を作ってみたいという夢が広がるわけである(矛盾?)。