ベストセラーは普段読まない僕だけれど、「いま世界で一番売れている」という広告に負けた。ウォルター・アイザックソン井口耕二訳『スティーブ・ジョブズ』新潮社2011の一巻を朝から読んでいた。そうしたら夕方の5時にNHKで彼の特集をやっていた。やはテレビは本に比べるとシンプルで本の4分の1くらいの情報量しかない。
本を読んではじめて知ったのだがジョブズは60年代後半のヒッピーのスピリットの中で育った人だった。反体制で、裸足で、ボロを来て、風呂に入らず、禅が好きで、LSDにのめりこみ、インドを放浪した。そんな人である。あの時代のスピリットは世界的に様々な知恵を生みだした。しかしそれらは一般に反体制的、革命的な知性である。体制であるところのビジネス界での(いやその見かたが違うのかもしれないが)巨大な智慧につながった例はそう多くは無いのでは?とはいえコンピューターで時代を変えたのだから一つの革命だったのだが。
1977年にアップルを設立したのはジョブズ、ウォズ、そしてマーケティングを担当したマイク・マークラの3人であり、このマークラの作った「アップルのマーケティング哲学」と題されたペーパーが素晴らしい。そこには3つのポイントが書かれていた。 ① シンパシー―顧客の想いに寄り添う
② フォーカス―重要度の高いものをやるためには低いものは切る
③ インプレッション―評価して欲しいと思う特性をデザインで印象付づける
なぜこれらが素晴らしいかと言うと、これらが月並みなお題目ではなく、アップルの商品はまさにこれを全て実行していることの結晶と思えるからである。そして何よりも素敵なのは、押し並べて平均点をとるという発想ではなく、一番の売りを100点に近づけるという発想である。平均点には不満は出ないが満足もない。100点狙いはリスクもあれど夢があるものだ。そしてそうした夢の発想が人々に受け入れられるという事実に僕らは勇気づけられる。
おそらくこの原理はこれからの建築にも通用する何かだと思う。人々に共感されること、もっとも重要なことに焦点を定めること、その焦点を徹底して印象付けること。 Sympathy Focus Impression 2012に未だにコンセプトメークの基礎ではなかろうか。
糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞『できることをしよう―ぼくらが震災後に考えたこと』新潮社2011を昨晩虚ろな目で読んでいた。糸井は昨今日刊イトイ新聞というネット新聞を配信している。そこで3月14日に3つの提案をしたそうだ。
① ぼくらは『たいしたことないもの』です
② こころのことは別にしました
③ カッコいいアイデアはありません
アイデアを捨てるとはコピーライターイトイを捨てることに等しい。そして被災地のためにコピーを書くというような仕事はやるべき事とからは最も遠い仕事であると思ったそうだ。つまり表現者としての自己は捨ててバケツリレーの1人として頼りにされることが大事と考えたと。プロはプロとして自らの専門分野で協力するべきと言う意見はある。しかし専門分野でやることには報酬がついて回る。お金を無条件に拒否しながら協力するとなると自分の専門を捨てたところでやることも一つのあり方だと思う。
p.s.
こうして一冊の本として出版していることは結果的に、十分自己表現(飯のタネ)にしているようにも見える。しかし内容は徹底して聞き役である。そこが本としては物足りなくもある。でも彼らがいろいろな人ととにかく出会ってその状況を新聞のように報じていることには深い意味があると思う。