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Dec 2017

ランシエールの3つのイメージ

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by 卓 坂牛

ジャック・ランシエールは『イメージの運命』平凡社(2003)2010において昨今美術館、ギャラリーで流通しているイメージを以下のように三つに分類している。
1)剥き出しのイメージ:強い現前性に支えられた注解を排除するような強いイメージ
2)直示的なイメージ:生の現前の力ではあるが、意味の力(注釈する言説)との二重性を持つイメージ。
3)変成的なイメージ:社会的環境の中で循環するイメージ
でそれらは再配列を常に余儀なくされるイメージ。
これらは建築にそのまま当てはめることができる。建築家によってどのイメージを自ら纏うかを決めている人もいるだろうし、プロジェクトごとに使い分ける人もいるし、部位ごとに使うイメージを変える人もいるだろう。
例えば坂本先生が既成品(サッシュなど)を徹底して使いながら意味の操作をしていたのは3)に限りなく近い。一方昨今のマテリアル派(ズントーなど)はなんとか1)まで自らの建築を持って行こうとする。しかしなかかなか1)には行ききれずせいぜい2)である。1)になるのはなんだろう?洞窟?

ミニマル

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by 卓 坂牛

先日の忘年会で武田光史さんから聞いた。あのミニマリスト倉俣は篠原が正方形に一本の線を引いて建築を作った(白の家)ことに驚愕し、それ以来篠原を崇拝していたのだと。よくよく考えると確かにそうだ(一本の線だ)。一体どうしてそういう発想にいたるのかを考えるとき篠原が博士論文で結論付けた日本空間の「分割」に思いがいたる。つまり篠原は建築以前に学んだ数学(幾何学)をベースにおいて、伝統的手法(分割)を用いて伝統から抜け出ることを画策したのである。数学と伝統がモダニズムに至るこのプロセスがスリリングである(写真は多木浩二さんの撮影した白の家)。

文京区

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by 卓 坂牛

大晦日の朝、町に人が少ない。千駄木まできた。中学、高校は文京区にあったので文京区に住む友人は多くいたせいか大塚、駒込、あたりは歩きまわったが、

千駄木は知らない。最近流行りの場所のようだ。加えて文京区は島原万状の『官能都市』では住みたい町1位である。その理由のひとつは行き場所の選択肢があることらしい。たまさか今朝見た「森鴎外記念館」(陶器二三雄、2012)や「東洋文庫」(三菱地所、2012)もそんな選択肢である。

コトの重要性

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by 卓 坂牛

昨日の忘年会でとある人から坂牛は「コト」より「モノ」が重要で昨今流行りの物質主義?と言われた。SD受賞の言葉がそういう誤解を招いているようなので訂正しておこうと思う。『建築の条件』の中でも乾さんや石上さん著書で重視されている「コト」の重要性を記した通り、「コト」が見えない建築はダメだと思う。かといって「コト」が「モノ」化していない建築はもっとダメだと思う。SDの建物で言えばタイトルである「運動と風景」が示す通りそれは「コト」を作ろうとしているのである。しかしその「コト」を「モノ」化するために相当のエネルギーを使っているのである。そのことを評価されたのでその点についてだいぶ書いたが真意は上に記す通りである。昨今ただ単に物質を作ればいいと思っている人がいるけれど、それは間違いだと思う。

ポピュリズム

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by 卓 坂牛

水島治郎『ポピュリズムとは何かー民主主義の敵か、改革の希望か』中公新書2016を読む。トランプとテレサメイに象徴される昨今の内向きの政治の根っこは右翼思想というよりかはポピュリズムという概念でまとめられる流れの中にあることが理解される。それはそもそも1世紀前のアメリカそしてラテンアメリカに起こる貧富の格差を捉え、一部のエリート層によるエリート層のための政治を多くの貧困層に向けたものへ変える動きとして現れる。そしてヨーロッパでは近代化、グローバル化の敗者の心を捕まえることで多くの指示を得る。さらにそれは徹底した既成政党を批判し福祉重視、移民排除を主張し、そうした置き去りにされた貧しい層の心をつかむのである。ジェフがトランプの演説の中でエリート批判をしたことが彼の勝利につながったと言っていた。そしてそれこそがいわゆる「反知性主義」なのである。
ポピュリズは今や世界的政治状況である。これは結局新自由主義が引き起こす格差社会が必然的に招来するものであるように僕には見える。

赤坂の軍艦ビル

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by 卓 坂牛

今年の春に赤坂に引っ越してきて間もなく超高層ビルが近所に竣工した。赤坂インターシティという名のタテマリオンが強調されたビルである。敷地面積が1万6千、延床17万、基準階2千5百。見る方向によって様々な外観を持つビルで日本設計の設計である。一方引っ越す前の年にできていた赤プリの敷地にある巨大オフィスは紀尾井町ガーデンテラス。敷地が広く3万平米で延床も22万、基準階もジャンボで3万4千近くある。設計は日建設計で外装をKPFが担当したようだ。こちらは6つに分節された外観。ちょっとマッチョである。二つ合わせて約40万平米。赤坂の軍艦である。

篠原一男作品集

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by 卓 坂牛

毎年年末に神保町に建築本を大人買いしに来る。日常建築の本を買うことはほとんどないので大量に購入する。今日の掘り出し物は30年代のアルス建築大講座全冊合本全3巻と美術出版の篠原一男作文集全2巻。藤岡通夫先生あてのサインいりと言うおまけ付きでした。

鬼ゆず

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by 卓 坂牛

OFDAのお庭に鬼ゆずなるお化け柑橘類がなり、大家さまが切って私たちにくれました。ジャムにしますか?

御茶ノ水あたり

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by 卓 坂牛

御茶ノ水は記憶の中心にある。生まれた場所でもなんでもないが浪人時代に母が三楽病院に入院し、予備校に通いながら毎日コーヒー入れて面会に行っていたからでもある。母にしてみると山の上ホテル(ヴォーリズ、1936)や文化学院(西村伊作、1921)など自分の好きな建築がありそのあたりを毎日散歩するのが好きだった。母はそのころの闘病を切り抜け、でも最後も三楽病院で迎えることとなった(ちなみに生まれたのもこの病院である)。

天井

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by 卓 坂牛


年賀状はいつしか書かなくなってしまった。おそらく国際ワークショップを年末にやるようになって12月の忙しさが殺人的になったからである。しかし賀状をいただいた方にはいつもご挨拶の返事はしている。その返信ハガキ作りのために今年のベストフォトをさがしていたら、これということになった。天井がこれだけ美しい住宅もそうないと思われる。そしてから傘が一望できるということは基本ワンルームだということであり、そんなワンルームがこの家の人間関係に大きな影響を及ぼしたそうである。それを象徴する意味でもこのから傘の意味は大きい。