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Jan 2018

早稲田

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by 卓 坂牛

早稲田に通っていた親戚が多い。母のいとこには2人いて2人とも大隈賞の才女だった。兄も兄嫁も甥も娘も早稲田である。だからかどうか分からないが早稲田びいきである。結婚して新居を大隈講堂の近所に定め本籍も早稲田にしてしまった。日建に入ってしばらく上司は池原研の初期の卒業生でよく早稲田に飲みに連れていかれた。そして来年には早稲田のそばに引っ越す。引っ越し先のそばに早稲田の入江先生が設計された漱石山房記念館がある。去年できて先生の退任にあわせて講演会などあったが行けなかった。素材感、ディテール、シンプルなオーナメント、全てが統合されて建築に昇華している。

ノート

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by 卓 坂牛

今年からスケジュールはすべてグーグルカレンダーにいれTo doもiphoneにいれることにした。これで大きなノートを持つ必要がなくなった。必携品は小さなスケッチブック(メモ用)と一回り大きなスケッチブック(スケッチ用)の2冊。持ち物がすっきり軽くなった。もう一つ今年から使い始めたのがiphoneのフォルムメモ。これはノートに書いたメモの断片を写真にとって分類する機能である。これでルーズリーフのように自由にメモを組み合わせることが可能である。

長谷川逸子の集住

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by 卓 坂牛

昨日見た北山さんの、軽く透けた集住に対して、がっちりとした守りが固い長谷川逸子の集住を見た。西馬込テラスコート(2013)は低層の緑豊かな中庭があるのだが、残念ながら道路からは見えない。プライバシーの理解はデベによって異なるしそれは突き詰めればエンドユーザーの好みでもある。

 

人を豊かにすること

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by 卓 坂牛

今日は工学部の新年会で主任も一言と言われ言おうと思ったことがあったのだが、直前に一人一分と言われ急遽話すことを変えた。そこでその時言おうと思ったことを記しておこう。それは年末理科大に招聘してワークショプを指導してもらったアメリカの建築家ジェフ・ブロックと飯を食いながら話していたときのことである。「タク、何故トランプが当選したと思う?」と聞くので「白人低所得者層の心を掴んだからだろう」というと「そうなんだけれどその時の決め文句は何か分かるか」と聞く。答えは「エリートは人々を豊かにできず、知性は何の役にも立たなかった」ということだったと彼は分析する。プリンストン、コロンビアとまさにエリート街道を進んできたジェフにとってこの言葉は突き刺さったに違いない。そしてその言葉に共感する人間がアメリカに半分くらいはいたということである。そしてそうした流れは雪崩のように世界に伝播している。日本でもそれに近い現象が起こりそうで踏みとどまっているがいつそうなるかわからない。

年末年始に度々思い起こしていたのはこのジェフとの会話であった。我々は知性を磨くのが仕事であり、日本のエリート層を教育する立場にあるのだが、果たして我々のやっていることは人々を豊かにすることに貢献しているのだろうか?もし仮にそうではないとするのならモダニズムが起こした間違いをまた繰り返すべく進んでいることになる。

僕たちは真摯にこのことに考えを及ばさなければいけないのだと思う。果たして建築の意匠が人々を豊かにするとするならそれは何なのか?

G-flat

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by 卓 坂牛

北山恒さんが学会作品賞(2010)を受賞した建物はG-flat(2006)。10個のガラスボックスがパティオを囲んで整然と並ぶ。分棟のようだがガラスボックスの真ん中にあるRC壁が連結して構造が成立している。モダニズムの完全性が妥協無く作られている。美しい。

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Federico と久しぶりに会う

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by 卓 坂牛

今朝旧知のブエノスアイレスの建築家フェデリコからメール。今東京にいて日曜日に台湾に行くけれど会える?とのこと。明日も明後日も忙しいので今日の夜なら会えると返事をしたら是非会おうということになり赤坂でワイン。
来週から今年の終わりまで台南の大学で客員研究員をするとのこと。台湾のアボリジニの建築構法の研究をする。彼くらいコスモポリタンでノマドなやつはいない。台湾人のワイフとの間に可愛い赤ちゃんがいる。昨今の世界ソーシャル建築に否定的でアラベナに至っては最低だと酷評していた。まあそのあたりは意見があう。ソーシャルよりかはるかにいい建築を作る方が大事だというのがそろそろ世界の潮流なのかもしれない。

冷たく光る川

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by 卓 坂牛

甲府の打ち合わせを終えて帰路につく。今日もかなり寒い。甲府はす日も出ず日中4度くらいだそうだ。大月を過ぎたあたりで車窓から見える川が冷たく光っていた。

明治学院大学の建物

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by 卓 坂牛

数年前に小さなプロポーザルに負けたのだがどうもその相手はヴォーリズ事務所だったらしい。詳細は知らされなかったので憶測にすぎないが。日本のミッション系の教育施設ではいたるところに彼の痕跡がある。ウィキペィアでは生涯設計数が1500を超えると書いてある。日本に60年間いたので単純に割っても年間25個ずつ竣工した計算である。
明治学院大学のチャペルもヴォーリズの設計で1916年にできている。レンガ造一部鉄筋コンクリート造である。切妻急勾配の屋根が特徴的。ヴォーリズ36歳の時の設計である。ここにはHMランディス(宣教師)の設計と言われる記念館(1890)も建っておりこちらの方が古くそしてこちらはレンガ造一部木造である。両方とも100歳を超えた長寿建築である。このキャンパスには内井昭蔵,晩年の巨大な建物も建っている。大学建築は敷地があればあるだけ建てたいという傾向がある。理科大もそうだがつなげるだけつないで巨大化する(シザのポルト大学の建物のように少し抜いてやるとホッとするのだが)。

いい本

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by 卓 坂牛

昨日アウレリの本をしっかり読んだ。最近本をは通読なのだが、精読した。そうしないと分からないから。アンダーラインして読み返してまたアンダーラインしていたらアンダーラインしていない箇所がなくなった。私の先輩のT大のY教授も本が真っ赤になるそうで、いい本は無駄無しだそうだ。

2案

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by 卓 坂牛

あす甲府に持っていくおけいを眺める。構造的に去年作った模型では成立しないので頬杖をいれたり、外部にバットレスをいれて横力をとることになった。多少部材は増えたけれど、なんとかなりそうな感じである。あとは部材の細かな寸法とディテールであるが、まずは中庭をつくるかつくらないか明日決めてもらえるとありがたい。