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Mar 2020

軽井沢トンネル

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by 卓 坂牛

軽井沢トンネルはだいぶ前にできたプロジェクトだけど先日海外ウェッブサイトからの取材があり掲載いただきました。

https://archello.com/project/karuizawa-tunnel

コロナの意味

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by 卓 坂牛

私たちの大学は授業開始を遅らせる判断をした。ちょっと心配である。問題先送りのようにも思う。テレ授業の方針を固めビデオをとるなどの準備してもいいと僕は思う。東大はすでにテレ授業の準備をしていると知り合いの先生が言っていた。その方が抜本的である。そして世の中こう言ってはなんだがこの騒ぎで多くのことを学んだ。通勤ラッシュに飛び込まなくても仕事はできるし、知恵をだせば無駄なく効率的に生産性を上げられることを。拙著の最後の修正は中川君がヨーロッパでやっている。ヨーロッパも富士吉田も事務所も大学ももはや差はない。世界中の一地点に過ぎない。本社も支社も家もホテルも同じだということを私たちは学んでいる。自宅で子供といっしょに仕事をし、大学の授業を受ける時代はもう来ている。そんな社会に早くせよとコロナは言っているように思う。

和紙再利用

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by 卓 坂牛

ティッシュ不足で我が家は書の練習した和紙を再利用。キッチンペーパーにナプキンに。配偶者曰く墨は毒じゃないと。

定価決まる

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by 卓 坂牛

拙著『建築の設計力』のカバー校正が届いた。紙質がいい。そして定価が決まった。2420円(税込)。去年の今頃、彰国社の尾関さんと定価のお話をしたとき、彰国社はギリギリまで定価は決めないと言われて少し悩んだ。2000円台の前半じゃなければ出したくないと思っていたからである。若い人が買える範囲じゃないとただの自己満足に終わるから。一度はお断りの電話も入れたが、版元としても頑張るから作りましょうと言われた。この言葉がなければこの本はできていなかっただろう。ありがとうございます。

 

ショックドクトリン

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by 卓 坂牛

トランプが大騒ぎしている。必要以上に危機を喧伝しているのを見るとナオミ•クラインの『ショックドクトリン』を思い出す。ナオミ曰くネオリベ政権は災害を誇張し人々を翻弄し、その隙に過激な市場原理主義を忍び込ませてきたと言う。これを惨事便乗型資本主義と呼んでいる。同時多発テロ、イラク戦争、ハリケーンカトリーナ、の後にこの介入が、起こったという。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89%E2%80%95%E2%80%95%E6%83%A8%E4%BA%8B%E4%BE%BF%E4%B9%97%E5%9E%8B%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E3%82%92%E6%9A%B4%E3%81%8F-%E3%83%8A%E3%82%AA%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/4000234935

子供の色

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by 卓 坂牛

子供施設に時として起こる、色問題、子供の色ってあるのか?屋根の金属発注なんてすぐである。過去2回これで失敗している。今回は絶対に間違わない。

無能宰相

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by 卓 坂牛

小学校を休校にして学童保育を開校するのは場所を移動しただけで感染予防の効果はない。むしろ広い小学校に戻して欲しいと地方の母たちは異口同音に言っている。安倍には能力が無いだけで無く愛情がないと母たちは言う。政策が思いつきだから国会答弁は必然的に論理を欠く。質問に答えない様は聞くに耐えない。大学の論文発表会てあの答弁なら文句なく最低点である。それにもかかわらず内閣支持率が4割以上あるのは何故だろうか。安倍内閣が、日本の病巣だと分かっていても、失言を繰り返す法務大臣がいようとも、病巣が、大きすぎて手術できないと判断しているのだろうか?大きくなり過ぎた癌とともに余生を生きればいいではないかと諦観しているのだろうか?はたまたラテンアメリカのスラムの如くやはり巨大化し過ぎてクリアランス不可能と判断し中から変えて行こうと考えているのだろうか?しかしこと日本のこの内閣に関して言えば、巨大病巣といえども取り替え可能である。いつまでこんな恥ずかしい人を国のトップに据えておくことをよしとするのか?私たちは物申すべきである。

施主

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by 卓 坂牛

工事を発注する人を施主と言うが林昌二は施主はもともと仏教用語なので「クライアント」と呼ぶように言われた。今のクライアントは寺でありまさに施主と呼ぶと立場が逆転する。そんな施主との打ち合わせに今朝バリカンで頭を剃って行ったら坊主と間違えられて笑った。

 

 

 

地縄

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by 卓 坂牛

独立後最初の建物で大失敗をした。基礎の墨が間違っていた。気がついたのは2階のコンクリートを打った後だった。墨出しを計らない僕の責任だと日建の大先輩に諭された。それ以来地縄と墨は巻尺持って計れとスタッフに言う。今日は自ら地縄を見る。というのも配置が、敷地ギリギリだから。

時のかたち

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by 卓 坂牛

先日井上洋介さんに勧められた『時のかたち』(1962)を読んでみた。「意味」ではなく「かたち」から物を見ているのは60年代のフォルマリズムが死にかけている時の延命的な本にも見える。しかし様々な独自の概念に惹かれる。例えば、歴史はシークエンス(数例)とシリーズ(級数)によって紡がれるという言い方。事象の関係性と量が時代を作るとわたしは解釈したが、ふに落ちる面白い言い方である。