午前中早稲田の最後の講義。来週が最後の学生発表。15回の授業は長い道のり。息切れしそう。
午後大学へ。夕刻は3年生の製図の講評会。今日のゲストは小川次郎さん。課題は荒木町を読む。各スタジオがすり鉢状の地形を囲むように敷地を選び、それぞれが面白い課題を提示。若松スタジオは公民館、川辺スタジオは15人が共有する空間、高橋堅スタジオは住宅+カフェ+ギャラリ、木島スタジオはある人数毎に使える空間のコンプレックス、塩田スタジオは立体路地、坂牛+呉スタジオはオフィス+α。
それぞれ課題が異なるのでトータルで一位をつけるのは難しいが、最優秀賞は立体路地。小川賞は川辺スタジオの15人で共有する赤テント。今年から各スタジオに一人ずつ院生のTAを付け彼らも教えることの補助をさせた。教えることを少しでもかじると自分を客観視できてとても成長する。信大では人がいなかったのでTAも教師のようなものだった。今回のTA君たちもこのスタジオで大いに成長しただろうと期待したい。
今日は大学院の設計課題の講評会。この課題はヨコミゾマコト+佐藤淳という豪華メンバーの指導のもと行われている。今年はナカダイというゴミの中間処理業者さんから資材を購入してある構造を作ろうという試み。去年はまだ院生がいなかったので坂牛研は今年からの参加。なんだか面白いオブジェが一杯出来上がっていた。
みな造っているものが大きいので部屋から外へ運び出せないものばかり。このオブジェは屋上で作られ、室内に持ち込めない。ただオブジェをつくるだけではなく、それを構造として成立させるための計算をきちんとしているところが院生である。
これらのいくつかは来週学会のワークショップで田町の中庭に飾られるとのことである。院の設計はなかなか課題の作り方が難しいのだけれど彼らのおかげで5年間素晴らしい成果が上がった。
昼に現場へ。とにかく暑くてシャツはびしょびしょ。東京に帰る間に乾くかと思ったが乾かない。気持ち悪いのでコンコース沿いにあるお店でTシャツ買って着替える。
6時ころ大学到着。今日は新聞社の友人Mを呼んで学生9人が書いた文章の添削会。半分くらいは面白い発見が見えるのだが、それが文章化されていない。何でもかんでも押し込もうとするから何言いたいのか分からなくなる。もっとシンプルに一番言いたいことを最初に書けばいいのに。
日本の学校は作文を教えないからこういうことになる。アメリカではcompositionをきちんと教える。留学した時さんざん書かされた。今でも覚えているのは一つのパラグラフに言いたいことを一つだけ書け。そして文章はいくつかのパラグラフで構成し一番最初のパラグラフの最初の文に全体で言いたいことを書けと教わった。ちなみにこの文をトピックセンテンスと呼ぶ。Mさんも本日同じようなことを言っていた。文章は逆三角形。一番大事なことを一番最初に書けと。
英作文はEnglish composition 作曲もcomposition .composeとは構成するということである。文章とは構成なのである。建築の研究室でしつこく文章術を教えるのはこの構成する頭がなければ建築もできないから、建築もcomposition である。
午前中現場で材料の色決め。グリーンのカーペットにオレンジの壁。補色でかなりきわどい。湘南電車色。というか歌舞伎揚げ色というか??
午後大学。会議に代理出席を頼まれたのだがはて場所はどこ?行けば分かると思ったが大学に電話して聞く。おっとなんと神楽坂ではないか。九段に行かなくて良かった。会議が何とも長い。終わったら4時。10月から毎月この会議に出なければならないと思うとちょっとうんざり。終わってあわてて九段へ。PD天内君と建築年表見ながら、戦前戦後の意匠論の継続性を探す。のだが、なかなかつながりの糸が紡げない。
6時。九段から神楽へ。九段神楽の往復はこの暑さだと苦痛。4年生の製図提出前の最終チェック。数週間ぶり。さて来週何が出てくるだろうか?とにかく後一週間は模型に専念して欲しいのだが。
水戸の現場は35度である。梅雨は明けたのだろうか?。建て方が始まった。棟持ち柱と隅柱以外は450ピッチに入るツーバイ材。まだ入っていない状態だとまるでベンチューリのフランクリコートのようである。
往復のスーパーひたちで小谷野敦『文学賞の光と影』青土社2012を読む。世の中にはこれほど文学の賞が作られてきたのかと溜息がでる。芥川賞、直木賞を頂点に賞はこれでもかと言うほどある。恐らくその半分は本を売らんがための話題づくりだと思われる。
前回の芥川賞の田中慎弥が「もらってやる」と毒づいただけで二十万部を超えて未だ売れているのを見ると、出版社が巧妙に仕組んだ(あるいは代理店が)芝居かと疑いたくもなる。それも賞があるからこそできることである。あんなイベントが無ければ確実に本はますます売れなくなるに違い無い。
建築も同じようなところがある。とにかくいろいろなところにいろいろな賞がある。書籍と違って建築は複製品ではないから賞をとったからと言って誰かがすぐに儲かるわけではないけれど、長期的に見ると、賞をとったゼネコンだって設計事務所だって利益につならないことは無い。だからこれでもかと言うほど賞に応募する。文学賞も著者曰くだぼはぜのように賞をとる輩がいるようだが、建築も同じである。
たまさか賞の審査をやっていると毎年毎年とにかく造ったものは何でも出す人はいるものだし、既に最高峰を極めた人でも、熱心に賞を応募し、取るために最大限の努力を惜しまない。かく言う私も出せるものがある時は出す。でも何でも出すと言うことは無い。
今日は八潮の家づくりスクール初日。あれッ?会場行ったら理科大の学生はたったの2人。神戸大なんてあんな遠くから5人も来ているのにどうなってんだろうね?やっぱり電通鬼の十則を研究室の十則にしようかな?
帰宅後本間龍の別の電通本『電通と原発報道』亜紀書房2012を読む。東電がローカル企業であるにもかかわらず年間269億(10位)を広告費に投じている。これはとてつもないこと。このお金で原発へのネガティブ報道を徹底して抑制している。しかしこれをどのように批判したらいいものか?誰が悪いのだろうか?と考えてしまう。
つまり、競争相手が無く、監視機関が同業者のような状態で一体どうしたらこれをとめられるのか?ということだ。
今の電機業界を建築に置き換えれば建設会社が東京にはA社一社しかなく、確認申請はA社のOBによって作られている建築安全委員会が行うというような状態なのであう。そんなの想像しただけで恐ろしい。A社は何したって野放し状態ではないか。建設コストが下がる原理もないし、安全性も全く担保されない。
こんな状態で震災が起こり多くの建物が倒壊してもA社は東電同様、地震が想定外に大きかったし、確認申請は下りているのだから我々に責任は無いと言えてしまう。それは競合していないからだし、認定されているから。そして地震発生とともにA社を応援する大学の建築学科教授をずらりとテレビ出演させてA社を守り抜く。その段取りをA社担当の広告代理店が行う。これを批判するのは難しく、それぞれのポジションの人間はその場所の責務を全うしているかに見えるからてそれって人間の自然な行動にも見えてしまう。
A社しか東京に建設会社がなく、その確認機関がA社OBでできていたら、そういう風に世の中動く。水は低きに流れるのでありそれを止めることはできない。
だから今回の東電問題を反省し改善するなら競合他社を作ること。認定機関はまったくの第三者で構成すること。これしかないように僕には思えるのだが。
午前中本間龍『大手広告代理店のすごい舞台裏』アスペクト2012を読んでいた。あの業界の人間たちの働き方は尋常じゃない。電通四代目社長吉田秀雄の鬼十則と言うのがあると言うのを聞いていたが本文を初めて見た。
1、 仕事は自ら創る・・・
2、 仕事とは先手先手と働きかけて行くこと・・・
3、 大きな仕事と取り組め・・・
4、 難しい仕事をねらえ・・・
5、 取り組んだら話すな・・・
6、 周囲をひきずり回せ・・・
7、 計画を持て・・・
8、 自身を持て・・・
9、 頭は常に全回転・・・
10、摩擦を恐れるな・・・
あの業界、手術がんがんやる医者、ブンヤそして設計屋は働きっぱなしという意味でよく似ているけれど、行動指針としては発注業の悲哀を共有する広告屋のそれが近い。鬼十則は僕らの十則と言ってもまあ正しい。
午後、1年ぶりの翻訳勉強会。場所は理科大。交通の便もいいし広いからよい。今回の本は形而下的な話が多く。読んでいてとても楽しい。しかめっ面しないでも読めるのが嬉しい。それでも1時~6時までぶっ通しで読むと頭がふらふらになる。今回はなんとか来年末には出版と行きたいところである。
昨日は二つの著作、平川克美『小商いのすすめ』、渡辺 真理 、 下吹越 武人『小さなコミュニティ―』に共通する「小」に注目した。今日早稲田講義の帰りにあゆみbooksで阿部和重『幼少の帝国』新潮社2012を買って昼を摂りながら読んでみた。日本のサブカルに見られる特性に成熟拒否を読みとる(ビジュアル系ロック、ヤンキー、ホスト、ロリータ、ガングロ、デコトラ)。そしてこの成熟拒否は戦後マッカーサーと並んで写された天皇の写真に端を発していると言う。マッカーサーに比べればかなり小さな天皇の姿にがく然とした日本国民は小さいことに価値を見い出さないことには神としての天皇を維持できなくなったというわけである。
まあこれは天皇を持ち出すまでもない。小さい日本人が世界に行ってコンプレックスを持たぬようにするためには小ささに価値づけをするのが手っ取り早いのである。そしてその価値づけを妥当なものとするために小ささを美的な価値へと昇華するためにさまざまな角度から挑むのである。「カワイイ」はそんな努力の結果生まれた世界的美基準の一つ。その功労者はもちろんキティちゃん。
小さい○○を評価する国なんて、まあそうあるまい。日本以外に「小さい」ことに価値を見出す国ってあるのだろうか?
平川克美『小商いのすすめ―「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』ミシマ社2012という本を読んだ。
著者平川克美はその昔内田十樹と渋谷で翻訳業をやっていた人。内田の自己紹介にはよく出てくる人が本人の著作を読むのは初めてである。
未だに成長神話の上に乗ろうと悪あがきする人はまれだが、かといって縮小するのが正解かと問われれば分からない。著者はどちらでもなく均衡であると説く。
ところで古い話だが、日本が成長を目指してがらりと変わったのは1964年の東京オリンピックからであると言う。僕が小学校に入るころである。はてそうだったのだろうか?と振り返るとその年にそう言えば僕も江古田の団地から大泉学園の一軒家に引っ越した。日本中が開発された年だったのかもしれない。
そんな本を読んでいたら渡辺 真理 、 下吹越 武人さんから 『小さなコミュニティ―住む・集まる・つながること 』彰国社2012という本を頂いた。「小」という字が二つの本に共通している。「小」は平川さんの本では必然ではない。渡辺さんのほんでそんな気がするのだが、「小」は単に「大」を戒める時代の言葉?
野木の現場の往復で松原隆一郎『ハイエクとケインズ』講談社現代新書2009を読み始めるケインズとハイエクが近い世代の経済学者とは知らなかった。ハイエクがそもそも心理学を学んでいたというのも発見。経済学って心理学的要素抜きには語れない。柄谷行人が言うように、資本論が語る資本主義の最も重要な点の一つは信頼関係。心理学とは切っても切れない話と思われる。
今日は現場もかなり暑い。しかし地下室に下りたらまるでクーラーが効いているように涼しい。クールチューブってあまり信用していなかったけれど。これなら使えるなと感じた。後一カ月でオープニング。梅雨を明けよ。