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Sep 2014

前田アトリエでトーク

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by 卓 坂牛

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午前中新しい本の第8章を煉る。昔書いた原稿がかなり関係してくるので取り出してはめ込んでみる。半分位は使えないので切り取ってそれに書き足す。博論書いていた頃の脳みその動き方が戻ってきたので予定より早くことを進められそうな気になってきた。昼に買い溜めてある成城石井のハンバーグとパンを食べて神楽坂に行き翻訳読み合わせ。終章が終わった。これで2回目の読み合わせの残りは1章のみとなった。やっとゴールが見えてきた嬉しい。これは年内に出せるな。頑張ろう。4時ころ前田アトリエを目指して移動。今日は天気がよくていいねえ。初めて行く前田バーは一体どんな場所だろうか?彼と出会いの頃を思い出して酒飲んで話すってなんかやばいよね。と思ったがそういう話はきっかけで司会の白石さんが上手なのか話は建築の本質に入り込んでなかなか充実した。東工大での教え子やら七字さんや吉田さんという昔の仲間もいらっしゃって会は盛り上がった。お呼び頂きありがとうございました。

キャピタリズム・サーファー

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by 卓 坂牛

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資本主義とアートの関係に徹底して自覚的だったのはアンディ・ウォホールとヨゼフ・ボイスだったと椹木野衣は言っている(『反アート入門』幻冬舎2010)。彼らの登場を後押ししたのが消費社会であることを考えればその消費社会の基盤である資本主義が彼らを駆動しそれに彼らが自覚的だったのもまた然りである。
資本主義が新自由主義の後押しでさらに性格を変えながら勢力を強めて世界中を席巻する現在、ポスト消費社会は一向に現れず、相変わらずの消費社会に我々は生きている。つまりは「ウォホール」や「ボイス」の末裔は未だ健在なのである。商業主義に取り込まれてとんでもなく高値のつくアーティストが容易に思い浮かぶ。一方建築ではレムを筆頭にザハやゲーリー、はたまた安藤忠雄などもウォホール同様に華麗にキャピタリズム・サーファーとして世界を駆け抜けている。
ところで90年代の終わりにボードリヤールは「芸術の陰謀」(『芸術の陰謀』NTT出版2011)なる短いコラムを書いた。そこでボードリヤールは、芸術はもはやなんの意味もない無価値なものであることを標榜することで逆に意味がありそうに思わせ、価値を獲得するという企みを成功させたと述べている。ここでボードリヤールは固有名詞を挙げていないのだが、当時の主流のアーティストが上記ポップの末裔を含んでいることは間違いない。ということはこれを建築に当てはめることも可能かもしれない。つまりキャピタリズム・サーファーの建築はなんの意味もない無価値なものであるのだが、それを標榜することで逆説的に価値を獲得している、、、ボードリヤールが生きていれば是非聞いてみたい質問である。

山梨で現場説明会5社

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by 卓 坂牛

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朝一で山梨に行く。現場説明会を11時から行う。ここも夏が終わり秋の風。11時から1社、1時から1社、2時、3時、4時と1社ずつ。やっと終わりました。それにしても約400㎡の木造の建物の入札参加者が5社もあるというのはちょっと嬉しい。新聞公告には入札予定価格が入っているのにもかかわらずである。さて落札できるだろうか?未だにやや心配である。

書評に展覧会テキスト

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by 卓 坂牛

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久しぶりに東京駅の丸善で本を物色。1時間ほど見て回り美術、社会学、哲学の本を10冊ほど選ぶ。ここ半年くらいは自分の執筆領域以外の本は買わないことに決める。本は宅配に回し四谷に戻り、カフェによって一昨日頼まれた書評の本を再読。頭の中では設計図が出来始めてさあ一気に書きたいと思ったところで隣に少々うるさい4人組が来たので残念ながら帰宅。さて書こうと思ったら海外からメール。展覧会用のデーターを送っていたのだが、テキストが少ない。もっと長く書いてくれと命令が来た。うーん今回は赤い家を指名されたので詩的なパネルを作って6枚送ったのであまり説明をつけたくないのだが、、、、、仕方なく少し書いて送った。まだ少ないと怒られるだろうか??

フィオナ・タンを見ながらカリエの写真を思い出す

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by 卓 坂牛

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●Carrie Mae Weems Not Manet`s Type 1997
先日もうすぐ2年間の休館に入る恵比寿の写真美術館でフィオナ・タン「まなざしの詩学」を見た。そこにフィオナ・タンをめぐる用語集なるものがあり今日ぺらぺらめくりながら「対位法」というページに目が止まった。
フィオナ・タンの展覧会で最も面白かったのはビデオが流れながらとうとうと流れるナレーションだった。これはビデオの説明になっているわけではなく、かと言って全然関係ない言葉の羅列というものでもなかった。対位法とはあの視覚と聴覚のつかず離れずの関係を、説明している。「フィオナ・タンの作品における映像とナレーションは、必ずしも説明的に相補し合うのではなく、しばしば換喩を通して間接的に繋がりながらそれぞれ独立した方向に発展する・・・・・」
この説明があの時の映像と語りを思い起こさせると同時に春にニューヨーク、グッゲンハイムで見たカリエ・マエ・ウィームスの写真の不思議な感性を彷彿とさせた。カリエの写真のいくつかには写真の一部あるいはその下に短い文や言葉が併置されている。そしてそれはキャプションではなく写真の説明ではないのである。ここでは双方視覚で受け取られているものの、目から入った後のルートが異なり別々に理解されている。その意味でフィオナ・タンの対位法に近い。
こういう別々の知覚ルートを用いた表現はアートの作為的な刺激とは言えず。我々は日常こういう複層する刺激を脳内で合成することで新たな表象を作り出している。その意味で彼らの表現はむしろ我々の自然な感性を呼び戻していると言えるのだと思う。

どうしたら執筆時間が作れるか

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by 卓 坂牛

今日は呉先生と昼から打合せして、午後院浪していた4年生と打合せして、夕方留学生のルイスと打合せしていたら夜になってしまった。これから年末まで集中してとある本の原稿に集中しようと思っているのだが、思っているそばから虫食いのように集中が切られていく。まあ大量な時間がとれるなんて期待する方が鼻からありえないことなので虫食いの時間に集中する術を心得ていないといけない。一体どうすればいいのだろうか?
一冊の本も一歩から、博士論文を書いた時のことを思い出そう。あの時は長野東京の往復を執筆時間にあてていた。そうすると毎週定期的に必ず6時間程度の時間が取れるのである。つまり平均すると一日一時間である。この毎日あるいは二日毎に2時間をコンスタントに執筆にあてることが重要である。そうすると前回書いたことをすぐに思い返せるのである。これが2週に一度10時間だと、思い出すのにかなりのエネルギーが必要で効率的ではないし、そういうまとまった時間はそもそも取れないのである。
では年内は朝か夜の2時間を執筆に当てる。この時間は邪魔させないことに決めよう。そうすればなんとか年内にカッコつくだろう。

この空間を変えられるか?

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by 卓 坂牛

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3時に都内のホテルで新たなクライアントの可能性のある方に会う。その方の会社の多分社長とヨーロッパで少々、日本でその社長の友達の日本人と国際電話で少々話ただけである。その日本人は現在日本に来ているその会社の方に会って欲しいということなのだ。
会ってみて1時間話してやっと少し分かった。彼によれば、限られた予算の中で、とあるスペースにインスタレーションして、1ヶ月間その場所を違う空間にして欲しいということであった。しかも工事期間は4日間。こんなことできないよな。普通ならその場で断るような話なのだが、少し考えてみることにした。というのもこのスペースで働く社員の制服をデザインするのが世界的なファッションデザイナーであり、什器備品をデザインするのもこれまた有名なデザイナーだから。とりあえず可能性をメールするよと言って別れた。

浄土寺はよかった

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by 卓 坂牛

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学会三日目。いつからか学会はM1との建築旅行の体をなすようになった。というわけで自分の仕事がなくても2泊はしてレンタカーを借りてその地方の建築を見て回る。今回も初日に浄土寺、安藤さんのお寺、夢舞台、六甲の集合住宅、明石海峡大橋、二日目は六甲山展望台、ライトの淀鋼迎賓館、清家清の豊雲美術館、と見て回った。見るものは学生が決めてこちらは乗っけていってもらうだけだけれど、そうでもしなければ見ないだろうと思うようなものに連れて行かれて、それはそれで面白い。こちらが見たいと思うところに行くわけではないのでいつも心に残る建築に出会うことも少ないのだが、今回は浄土寺が最も印象的だった。12世紀に再建された古寺である。6メートル3スパンの正方形平面に16本の柱が建つ厳格に幾何学的な平面型である。内部空間に間仕切りがなく天井もはらず構造を露出したワンルームであり空間を感じるつくりである。内部が撮影できないのが残念であるが素晴らしかった。
ところで去年も司会が二つ三つあったと記憶しているが、今年も司会の任が三つあるというのは少々重荷。意匠計画で司会を選ぶ係りをしながら、デザイン会議で司会に当てられている。調整して欲しいものである。

清家清豊雲会館

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by 卓 坂牛

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学会二日目神戸大に朝一で行く。研究室の学生がデザイン会議で発表を二つ行う。その後司会をワンセッション。午後は学生とレンタカーに乗って、六甲山の展望台、フランクロイドライトの淀鋼迎賓館、清家清の小原流豊雲記念館、ゲーリーのフィッシュダンスを観て回る。夜は学生たちとお好み焼きを食す。昨日から食べ過ぎ?

竹山さんの作品に遭遇

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by 卓 坂牛

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朝一の新幹線で神戸へ。学生と合流して建築ドライブ。淡路島を周り大阪十三のホテルへ。近くには竹山さんの母校と竹山さんデザインのRCの建物がある。夜は近くの串カツ屋で大阪料理堪能。明日は学会で学生の発表が二つと自分の司会が一つ。