1970年建築が変った
朝のアサマで長野へ。車中朝日新聞特別取材班『エコ・ウォーズ』朝日新書2010を読む。朝日の取材にしては一般論ばかりで取材に迫力が無い。午前中、他大の大学院受験希望者2名が来研。志望動機などをインタビュー。午後『言葉と建築』の講義。受講してもらう。今日は深い眠りに入っている学生が目立つ。体は出席だが精神は欠席である。出席簿にそう記しておこう。夕方ゼミ。今日の輪読は篠原一男『住宅論』出版年は1970。先日の伊東さんのレクチャーを思い出す。曰く「大阪万博(1970)の前後で建築が変った。それまでは右肩上がりの成長日本であり、技術が建築も社会も変えていくと信じられた時代。丹下、菊竹、黒川がけん引した時代。その夢は70年万博で終了した。その後の建築を引っ張ったのは磯崎、篠原であり、抽象性と批評性が建築を語る主軸となった」。そしてその時代の変わり目にこの本が出たわけだ。そう思って読むと今まで見えなかったものも見えてくる。ゼミ中に携帯に入るメールを見る。住宅の見積もりが上がって来た。2割増し。やはり競争していないから下がらない。続いて、別件の某施設の見積もり事務所の見積もりが届く。こちらは想定内。ほっとする。この建物は先週末確認を出そうと思っていたのだが、なんだかんだで今日も出せない。スタッフは残業200時間で寝ずにやっているのに追いつかない。設計時間が短すぎる。だいたい単年度設計施工の補助金というシステムがおかしい。先日会った県の役人(同級生)に「1000㎡を超す建物を単年度設計施工するのは現実的ではない」と文句を言うと。県発注の公共事業はもはやそんなバカなことはしないと言う。じゃあ誰の責任だと問うと、それは補助金の指針だから厚労省だと言う。建築素人集団が既存の法律の枠内でやっているからこういうことになる訳だ。困ったものである。
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