私立と国立の違い
午後一で理科大N先生の研究室へ。僕が引き継ぐ場所である。捕手のKさんと新しい捕手のT君も同席して予算のこと、事務処理の概要、残された備品の数々を教えてもらう。
予算は国立大学から比べれば雲泥の差である。残された備品を見ると、6年前に信大に行った時の状態に比べればこれも月とすっぽん。信大に行った時は本当に何もなかった。でも意匠の部屋に別に欲しいものは無かったので構わないのだが、予算が無いのは参った。プロッターはあるけれどインクが買えない状態。学生はお金を出し合ってプリントアウトしていた。毎年年度末は赤字に冷や冷やしたものだがこちらでは黒字に冷や冷やするのだろうか?事務処理の方法はどっちもどっち、やたら面倒くさそうである。民間企業を少しは見習ったらどうだろうか?時間の感覚が教育機関にはない。時は金なりなんだけれど。そして私立の悲しいところは狭小スペース。信大ではB0判くらいの30ミリのベニヤを買って全員の机を置けた。こちらではそれは夢のまた夢。1年目は院生がいないからまだいいだろうけれど来年からはちょっと厳しい。でも都会の私立大学では普通のこと。その中でやりくりするしかない。いろいろな意味で私立と国立は違いがいろいろあるものだ。
夕方事務所に戻りTさんと打ち合わせ。昔ながらの「えぐい」ドローイングを持ってきた。懐かしいなあ。20年前と全く変わっていない。三つ子の魂百までだ。
夜A0メンバーのA君が送ってくれた博士論文の序を読む。タイトルは「分離派建築会の展開」建築学科ではなく美学芸術学科で書かれたものだけに人文系独特の言い回し(まるで佐々木健一の『美学辞典』を読んでいるようだ)で概念規定がきめ細やかである。加えて建築を超えた対象の射程が広そうである。
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