退屈を恐れる僕たちは会う必要もない人と会い、飲む必要のない酒を飲み、、、、、、
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』朝日出版社2011を読んだ。退屈というテーマがこれほど人間にとって重要な問題だということをこれほど分かりやすく書いてくれた本はないのだろうと思った。是非皆さんに読んでほしい。
そもそもなんでこんな本を読んだかというと、この退屈という言葉に惹かれたからである。というのも僕の娘が生まれたころ子育てで重要なことは何かという沢山ある教えの中でも今でも覚えている誰かの言葉が「子供を退屈に馴れさせろ」というものだったのである。これってふつう逆じゃないの?と思いそうだが、これで正しい。この教えの言わんとすることは子供に毎日のように朝から晩までわくわくするような楽しい刺激を与えると与えない環境になった時何もできなくなってしまうということだったように思う。僕はその考え方にたいそう共感したし、しているし、いまでも子供にはそんなつもりで接している。なぜかと言えば自分が子供のころの日常生活は実に退屈な同じことの繰り返しだったからであり、それが自分を作ってきたし、少なくとも退屈な生活の中での主体性こそが様々な技や思考力を生み出してきたと確信しているからである。
と言うわけでこの本を読んでみて、著者にすこぶる共感すると同時に、現代人の悲しい性に同情する。現代人は退屈になることを極度に恐れ、手帳を予定で満たし、会う必要もない人と会い、飲む必要のない酒を飲み、見る必要のない建築を見て、行く必要の無い展覧会やら建築ツアーに行き、そして読む必要の無い本を読んでいるのかもしれない。いやーまさに自分がそうだと気付かされる。退屈こそが日常生活の重要なアイテムだと思っていたのも束の間、現代人病にかかっている自分が本の中にいるわけだ。さてどうしたものだろうか?もっと思考せよと反省しきり。
國分さんによれば消費するのではなく浪費せよと言うのだが、そう簡単にわれわれは消費社会から脱却できるわけもなく、、、
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