作家論
先日の学会の歴史意匠小委員会で意匠論の方法論を検討する中で大工大の朽木さんが作家論の方法論について語ってくれた。彼は二つの方法を提示してくれた。一つはその作家の創造の根源に迫りそこにいかなる作ることへの萌芽が読み取れるのかを問う方法。もう一つはむしろ作られたものの細部に迫り、その作った物の実体から作家を作家たらしめている物を把握解釈する方法である。
そこで問題となるのは時間軸でありその作家を時の流れの中で追うのか、ある時の断面で切り取るのかという見方である。一般的に時の流れで切り取ればそれは歴史論であって意匠論ではないと判断されがちだが田路先生は時間軸で切ってもそこから抽出しようとしているものが創るという行為にねざす未来への指向性を持つものであるかどうかが問題であるとおっしゃっていた。
さて来月の29日にバルセロナでエンリック・マッシプ–ボッシュの博士学位論文である「FIVE FORMS OF EMOTION KAZUO SHINOHARA AND THE HOUSE AS A WORK OF ART」の審査会がある。私は5人のジャッジの一人であり、これからこの300ページを超える大部の書を英語で読む。私がこの役を引き受けたのは、英語の審査会に出て篠原論を判断できる人間がそうたくさんはいないということもあるが、それ以外に積極的に二つの興味がある。一つは海外の大学において建築意匠論がどのように審査され評価されその評価ポイントが何なのかという点を見極めたいというのが一つ。もう一つは日本でも海外でもまだ新しい建築家の作家論がどのように書かれそしてどのように評価されうるのかを見極めたいというこの二点である。
早速今日から少しずつ読進めたいと思う。
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