2016年のIT
このところ何かするのに必要なものはマックとiPadと大きな虫眼鏡である。以前ベルナール・スティグレール浅井幸夫訳『偶有からの哲学——技術と記憶と意識の話』新評論2009の中で書かれていた人間の補綴性を思い出す。それは人間はそもそも補綴性というべき不完全性を生来持っている。入れ歯だ義足だ補聴器だというようにどこか悪くなるとなんらかの技術でそれを補う。というわけだが、漢字を覚えきれないからマックを使い。新しいことを知るためにipadを使い目がもはや見えないので虫眼鏡で補強するわけである。だからこれら外在かされた技術に記憶が宿るというわけである。孫たちは驚くだろう。おじいさんはこんな不便なITを使っていたんだと言って。
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