本を読むのは教師の義務
先日とある出版社の方になぜそんなに本を読むのかと聞かれたので「教師の義務」と答えた。それは消去法から導かれるのだが、、、、というのも大学の教師が学生に教えられることは何かと考えた時に建築の技術的なことだとするなら、そんなものは教師よりはるかにゼネコンや設計事務所の人間の方が知っている。ではデザインの感性かといえば、そんなものは学生の方がいいものを持っている場合もある。では何か??それは知識でも感性でもなくそれらを振り回す哲学でしかない。そして哲学といっても建築の哲学である。そんな哲学は圧倒的な建築及び建築外的思考の上にしか醸造されないと僕は考えている。そのためには本を読むしかないし、それが教師の数少ないレゾンデトルを強固なものにする方法なのである。
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