ドメスティシティ
モダニズムはドメスティシティ(家や家族)を犠牲にして新しい建築を目指したと言われる。もっと言えば冷えた岩山のようなコンクリートの中で修行僧のように生きることが美化された。モダンな建築美は快適な生活と両立しないと言いたげである。篠原の建築にもドメスティシティがないと言う人がいるが少なくとも物理的には過酷な生活を強いる同時代のアバンギャルド建築家たちとは違う。僕もドメスティシティを享受する上でストレスとならない場所とする最低限の設えを環境的に考える。それは必要条件。でももちろん十分条件ではない。ということを昨日竹内さんと話して再認識した。
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