大学
オックスフォードの大学のシステムはカレッジ(日本の旧制高校のようなコミュニティ)+ファカルティー(教育+研究)+ユニバーシティ(大学としての総体)の総合でありそれを数百年継続していると言う。日本には残念ながら古き良き旧制高校がなくなりファカルティーしか残っていないと言われる。正確には研究室というコミュニティが残っているが旧制高校のような知を磨き合う雰囲気はやや弱いし教養教育は追いつかない。最近必死に大学院でも教養教育を始めたがこれは大学入る前にやるべきことである。高校1年生から受験勉強に合わせて文理を分離する教育は本当まずい。
日本の政財界一体となった科学偏重信仰は目的遂行型人間を作り続けている。文系の知が育む価値創造型の思考が今こそ必要で理工学部にはそうした複眼性が必要なのである。しかしその時間がないのはどうしたものか?建築では構造、設備、歴史意匠をくまなく学ぶホーリスティック(holistic)な教育を正しいとされてきたが、私はそれが本当に正しいのだろうかと最近思う。日本の学生は広く浅く学ぶことを強いられていてそれは深く学び、思考することを難しくしている著者はいう。大学はどちらであるべきか?この部分をきちんと議論せずに、やれ教養を4単位取れとか、カリキュラムだけをこねくり回しても何も変わらない気がする。
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