アルゼンチンWSの課題はスラムの社会化
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朝一で金町の教室会議。今年最初の入試を前にして準備会議。入試準備が学科長マターと言うのが理科大のシステム。信大の時は入試委員がいたのだが理科大にはない。これが学科長の仕事量を膨大にする。これから年度末にかけて頭が痛い。
午後大学の膨大な資料を自宅に運びそのあと事務所で週末の打ち合わせ資料をチェック。夕方神楽坂で二部の3年生を相手に12月、1月に行うワークショップの説明をする。今年の坂牛班の学生はやる気があってとても頼もしい。理科大に来て初めて感じるガッツのある学生たちである。その後深夜までお施主さんと重要な打ち合わせ。
帰宅後アルゼンチンから来ているワークショップのメールに目を通す。1月に行うワークショップのテーマはブエノスアイレスのスラム街の「スイッチング(変更)」という課題となりそうだ。ラテンアメリカでは有名なブラジルのファベーラだけではなくほとんどの大都市が巨大スラムをかかえる。ある時までスラムのクリアランスを考えていた政府も今ではスラムを生かしつつそれを改善し孤立した貧民街から社会化した居住地とすることを模索している。建築家にとってもそれは大きな課題。その効果がどの程度出ているのかは分からないがとにかく喫緊の課題であることは確かである。日本の学生がそれをどれほど身近に感じられるか分からないけれど、日本では想像を超えたこうした問題に想像を張り巡らすのは建築学徒の素晴らしいトレーニングである。
国税滞納の半分は消費税だそうだ
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国税徴収官の話を行きかえりの電車で流し読み(高殿円『トツカン』ハヤカワ文庫2012)。これが結構面白い。毎年新規で発生する国税滞納額の半分は消費税と源泉徴収税で占められるそうだ。つまりは弱小企業がモノを売ったときに頂いた消費税そして社員から預かっている源泉徴収税を預り金とは知りつつ、生活苦からつい使ってしまい納税時期になるともう無いというわけである。徴収官はそんなところへ出向き無駄を承知で支払いを迫る。彼らは一円もないから好きにしろと開き直る。100円とるのに人件費がいくらかかっているのだろうかという世界である。これから消費税が上がればまたしても滞納額は上昇するのだろう。
さてこの消費税やら源泉徴収やらなんだか人ごととは思えない。設計事務所も似たようなものだ。設計料をもらった時は消費税までいただくわけだが、きちんと分けておかないと知らぬ間にあれあれよと消えていく。いざ納税のときに会計士様に「これだけ払いなさい」と言われてドキッとする。「こんなに預かっておりましたっけ???」これから消費税が8%になるとこのショックは5分の8倍になりいつか10%になればさらに4分の5倍になり、これがずっと続くと思うと精神衛生上悪い。消費税を事業者が預からないというシステムはできないものか?????
祭りのつながりと地形
先日理科大の卒論発表会で市ヶ谷柳町、薬王子町あたりのお祭りの来場者はどこから来るかという調査があった。それを聞くと来場者は東西方向にはかなり遠くからも来るのだが南北方向は比較的近隣からしか来ないという結果が出ていたのである。
この二つの町は僕の住む三栄町や荒木町から外苑東通りで北上したところにある町なのでたまにジョギングしたりしてその存在は知っていたのだが、七夕祭りをしているなどまるで知らなかった。一方私の住む四ツ谷あたりも祭りはあるがその連合は東西に緊密に繋がっている。四ツ谷駅あたりから四ツ谷4丁目あたりまで10個くらいの神輿が出るがそれらは東西軸に連なるまちまちである。
さてなんで町は東西につながれど南北には切れているのか?今日江戸の地図をしげしげと眺めながら一つ気が付いた、四ツ谷あたりと市ヶ谷柳町あたりは今でこそ外苑東通りで連続しているように思えるが、この道ができたのは明治に入ってから。そして外苑東通りの下を垂直に横切る靖国通りは四ツ谷と柳町あたりを分断する谷なわけである。つまりはこうした谷筋で祭りの連なりは切られていたということなのでは?とそんな推理に至った。果たして正しいか?
安部公房の硬い字
○米田知子『米田知子 暗なき所で逢えれば』平凡社2013より
米田知子の写真展に行きそびれてカタログを買って眺めている。その中にvisible and invisibleというシリーズがある。著名人の自筆を彼らの眼鏡を通して見るというもの。その一つがこの安部公房の眼鏡―『箱男の原稿を見る』2013.箱男自体は1973年に出版されているから40年以上前の原稿である。著名人の字はそれ自体その人となりを表し興味深いしそれが誰でも知る小説の一部であればなおさらである。
正直言って達筆ではないし、俗に書き慣れたと言われる字でもなく、妙に硬直してまさに箱のような字である。
男手一つで娘を育てる話
小説はあまり読まないけれど、疲れた頭のエンジンをかけるために積んである。そんな一冊藤野恵美『ハルさん』(2007)創元推理文庫2013。土日ともに大学で過ごした疲れた体には丁度いい。妻を亡くして男手一つで育てられた娘が結婚して終わると言うテレビドラマにありそうな話。一章ずつが娘の幼稚園、小学校、中学校、高校、大学時代と言う紙芝居のようなストーリー展開である。それぞれの時代におこる事件やら娘のしぐさやら考えることがわが子のそれにもちょっと似ているところが面白いやら懐かしいやら。
配偶者が書展を行います
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私の配偶者が今月19日から24日まで銀座大黒屋ギャラリー(鳩居堂の二つ隣のビルの6階)でお弟子さんといっしょに書の展覧会をいたします。師匠である故上條信山、市澤静山、両巨匠の書も賛助出品していただけるようです。銀座にお越しの際は是非お立ち寄りいただければ幸いです。なにとぞよろしくお願いいたします。
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ルイザ・ランブリの写真
「ジュゼッペ・テラーニをはじめ、ル・コルビュジエ、ルイス・バラガン、SANAAなどによる近・現代建築の名作とされる作品を、独自の視点で撮影した写真作品で知られるルイザ・ランブリ」(ここまではギャラリー小柳の紹介分引用)なる写真家がいる。イタリアコモ生まれで1969年生まれ僕より10若い。だいぶ前に彼の作品集を買って机の上に置いてたまに眺めていたのだが、今まであまり気に留めていなかった写真に今日は目が向いた。それはオスカー・ニーマイヤーの有名なPlacio do Itamaratyである。先日本物を見てきたのだがこんな場所があっただろうかと不思議に思ってよーく見ていたらどの部分であるかが分かった。ニーマイヤー得意のコンクリートの大スパンを単純な梁の連続で作った1階部分でありその大理石の壁面に落ちる光を露出を変えて撮っているようである。
彼の建築写真は建築の部分を何気なく切り取る。ドアが開いていたり、窓が透けて向こう側が見えたり、建築をとっていると言うより、そこにいたら感じるであろう気分を焼きつけている。だからそう簡単にその写真が誰のどの建築であるかは分からない。でもそこに行ったことがある人が彼と同じ気分をそこで持っていたらそれが再現されるし、仮に行ったことが無くても彼の気分を想像の上で共感できればみずみずしい気分が湧きあがるのである。
日本にサイクリング文化を根付かそう!
年末のワークショップに向けてレネから4つのテキストが送られてきた。主にコペンハーゲンのサイクリング文化の歴史と現在に至る努力と現状である。ここには結構びっくりするような数字が並ぶ。・通勤通学の37%の人は自転車を利用する。
・350キロの自転車専用レーンが整備済み
・自転車に乗る人の80%は安全を感じている
・交差点での自動車の止まる位置は自転車より5メートル後ろ。
・自転車用信号は車用に比べ4秒早く緑が点灯する。
・信号機は自転車が時速20キロで走りスムーズに流れるように点滅する
彼らはどのようにして既存の道路に自転車専用レーンを作ったのだろうか?テキストによると彼らは4レーンある自動車道路の2レーンを自動車用に残し残りの2レーンをそれぞれ自転車用と歩行者用に2分したようである。渋滞しないのかと思うのだがそれは自動車に乗る人が減ればその分渋滞も減ると言うわけである。通勤通学者の自転車使用率が多くの国では1~2%なのに比べ37%とは驚異的である。
さて日本の大都市でどこまで自転車通勤通学が達成できるだろうか?
未だ雲をつかむような話である。先ず思いつくのは職住接近でなければ、、、、安全を考えれば自転車専用レーンが必要だろうし、、、、、我が家の傍の道には自転車マークが出ているがそれは歩道の一部。これでは歩行者とぶつかりそうでやはり危ない、、、、、
ただ最近は結構多くの自転車通勤者と思われる人が平日の朝新宿通りを疾走している。期待できるような気がする。
このエネルギーの無い時代に現状の使用量を前提とした議論ばかりではなく、使わないで楽しく豊かになることを考えるのも重要である。