信大、理大合同OB会
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信大、理科大坂牛研合同OB会を行った。連休なかびなので来られない人も多いだろうと思ったが信大生20人、理科大生30人集まった。席はくじ引きで決め両大学の人が交じりあった。信大生はほとんど就職している。 20人来たうち半分がアトリエ事務所半分がゼネコン設計部や組織事務所など(こうして改めてみると設計していないのは役所行った一人くらいである)。まだOBの少ない理科大坂牛研の良き先輩になってくれると嬉しい。
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信大、理科大坂牛研合同OB会を行った。連休なかびなので来られない人も多いだろうと思ったが信大生20人、理科大生30人集まった。席はくじ引きで決め両大学の人が交じりあった。信大生はほとんど就職している。 20人来たうち半分がアトリエ事務所半分がゼネコン設計部や組織事務所など(こうして改めてみると設計していないのは役所行った一人くらいである)。まだOBの少ない理科大坂牛研の良き先輩になってくれると嬉しい。
朝から読書三昧。
一冊目
佐藤直樹『なぜ日本人は世間と寝たがるのかー空気を読む家族』春秋社2013
世間とは①お返しの世界であり、②年齢や職業の身分を尊び、③「皆同じ」を尊重し、④習慣を重んじる。そんな日本には欧米型の近代家族とは少々異なり公私があいまいで世間が混入した家族が出来上がる。そんな家族には空気を読むのが好きな人間が生産される。我が家も僕以外は空気読むのが好きである。まあそれはそれで悪いことだけではないのだが。
二冊目
高橋秀実『男は邪魔!「性差」をめぐる探求』光文社新書2013
いやはや最初から最後まで男は役に立たない一点張り。一冊目の世間体の話が少々古臭い話題なら男蔑視は超今的な話である。確かに冷静で素直で賢い女性陣がこれからはもっと社会で活躍すべきだとはつくづく思う。「おれがおれが」と口だけの五月蠅い男性陣はもうすぐ総入れ替えであろう。
三冊目
古市憲寿『僕たちの前途』講談社2012
若者に未来はないという話はもう山のように本屋に並んでいる。そこで未来のある、かと言ってホリエモンのように派手ではない、地道な若い起業家の実態をデーターに基づき調査しようとした本である。著者自身が大学のドクターに在籍しながら3名程度のベンチャー企業を立ち上げている。これからの時代起業も金のためではなく、やりたいことをやるためのものだから大人数にはしない。ただし少人数で金を稼ぐには付加価値の高いこと(他の人ではできないこと)をするべきだと提唱する。その通り。
我家のそばにギャラリーコンプレックスがある。Art complex center of Tokyoという名前。外観はちょっとびっくりするようなディズニーランド調。住宅街の中にこんな場所があるとは驚きである。恐る恐る中に入ってみると素朴な作品がたくさん展示されている。
理科大工学部二部は建築と電気の研究室は葛飾にあり経営工学と教養は神楽に研究室がある。加えて建築と電気は3年まで神楽坂で授業。考えてみればかなり複雑。そもそも一つの学部が二つのキャンパスで活動しているなんてあまりあるものではない。そこで教授総会もどちらでやるかということになり、結局テレビ会議をすることとした。今日はその初回。両方でやるため、資料の用意など煩雑になるので次回からはペーパーレス化することとなった。
ペーパーレスと言えば、今朝、壊れかけてきた事務所のコピー機をどうするかという話し合いがあり、今後コピー機と言うものはどれほど必要になるだろうかという議論があった。これからの時代、人にものを見せるにしても見る側がタブレットを持っていて、紙を渡すのではなく、データーを渡す時代がもうそこまで来ている。重要なのは情報であって、それがうまく伝わり間違いなく保管できれば十分。紙が必要なのは紙が最も効果的な時だけでいい。
話は理科大にもどるが、建築は葛飾に研究室はあるのだが、神楽での授業が多いので、神楽にも教員室を作っていただきようやく家具も入り完成。先日とある人に、大学の先生は給料は安いかもしれないが、ランニングコストのかからない別荘を無償で貸与されているようなもの、加えてその別荘にはカフェもあれば図書館もあるのだからこんな贅沢なことはないと言われた。確かに神楽と葛飾の二重生活は大変だけれど、都心と郊外に別荘を貸与されていると思えばそれを有効に使わない手はない。
先日中央線の陸橋の上から線路を見下ろした。線路の下にはなぜ採石があるのだろうか?
道路だって砕石を突き固めた上にアスファルトやコンクリートでさらにしっかりとした路盤をつくるのに線路は砕石が圧倒的に多い。たまに新しくできたツクバイクスプレスなどはコンクリとスラブだが、、、と不思議に思っていたら、砕石の方がクッション性があり騒音も小さく、そして安いのだと教えてくれる人がいた。しかしメンテナンス費用がかかりそうだが、、、
1942年に竣工した前川国男の自邸を見に行った。戦間期に完成した数少ない「建築」の一つである。戦前戦後をつなぐ建築理論を探している僕としては貴重な建物である。
この建物は武蔵境の江戸東京たてもの園の中にあるが前川自邸の横には堀口捨己の小出邸(1925)三井道男の大川邸(1925)が並んでいる。
3つの平面を見比べると時代の流れとともに前川の個性が際立つ。堀口の平面は和洋折衷で西側の玄関はいると南にすぐ食堂そして和風の座敷が南に面してあり北側は応接や女中部屋である。大川邸はやはり西側玄関はいると南にすぐ応接奥は居間食堂である。その北側には台所がある。
一方それらから約20年後に作られた前川自邸は北側から入ると居間兼食堂が建物真ん中を南北に貫通しその両脇に書斎、寝室などがある。この南北の貫通と幾何学的な分割が特徴的。そしてもう一つ驚くのはその配置。南の庭より、北の庭の方が大きいこと。南北を貫通した平面にとって北庭は重要な要素だったに違いない。それにしても大胆。
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久しぶりに村上春樹を読んだ。話題の前作は読んでいないので10年ぶりくらいだろうか?クライマックスの舞台がフィンランドだったのは奇遇。あの時間が止まったような街の静かさが小説の舞台としてフィットしていた。色彩を持たない多埼つくるの友人との会話がすこしだけ心に残った。
「僕には個性みたいなものもなかった」
「生きている限り個性は誰にでもある。それが表から見えやすい人と、見えにくい人がいるだけだよ」
早朝ジョギングで外堀の土手を赤坂の方に向かって上智大学の終わりのあたりに来ると向こうに鹿島のビルが見える。一方手前はジャングルのような場所がありそこから赤プリの前のお堀へと繋がっているのが見える。あれそうだったんだ。知らなかった。「上智大学のグラウンドは赤プリ前の池につながっている」。四ツ谷とか赤坂とかは自宅周辺とはいうものの地理的な繋がりが全く分かっていない。これって何故か?
理由1:地下鉄駅周辺は地上に上がったところは知っているのだが隣駅との関係は分かりづらい。
理由2:僕は車に乗らないので道路を介した地上のつながりが視覚的に記憶されていない。
これはおそらく車に乗らない都心居住者には一般的に言えることなのだろうと思っていたら宇野常寛『日本文化の論点』ちくま新書2013で著者が同様なことを言っていた。著者は高田馬場に住んでいるが近くの護国寺や目白台とかあまり知らないと言う。その大きな理由は東京の都心部は車が渋滞するので、人は電車で移動することが多く、そういう人にとって(著者もその一人)町は鉄道で分断され、東京マップが表象されないというわけである。
こういう問題(問題であるかどうかは分からないが)を違った視点から見るとすると、王立アカデミーのレネに言われたように、自転車移動によって表象される町とは何かというテーマが浮上する。確かに毎朝ジョギングの代わりに自転車で一回りすることもあるのだがジョギングと自転車ではまただいぶ見える範囲もモノも違うものである。