僕にとってのテクトニクスとは?
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●昨年竣工した児童養護施設管理棟の屋根の鉄構造の露出
自分が建築を創る時にテクトニクス(構築)についてどう考えているのか?それをこの一週間考えているのだがなかなか答えが出ない。そもそもフランプトンの言葉ではなく、自分自身の言葉でテクトニクスをどう定義するのか?
テクトニクスは見る方にとっては3つの側面を持っているように思う。
① 建築の成り立ち(formation)が理解可能であること
例:デスティールの要素主義とか、日本の真壁づくりの建物など
② 力の流れが(flow of forces)が可視的であること
例:オーギュストペレの柱梁が良く見えるラーメン構造など
③ 素材性(ontologic materiality)が感じられること
例:ズントーのテルメなど
それで自分はこのどれを重要と考えているのだろうか?
建築の成り立ちは分かりやすい方がいいと思っている。妙に複雑である必要性を感じないから。でもわかりやす過ぎると深みが無いので7割くらい分かるのがいい。
力はとても感情移入しやすいので全部見えるとそれで建築が終わってしまう。なので3割くらい可視的であれば十分である。
素材は視覚だけでなく触覚も参加する側面なのでこれも影響力が強い。そこでインテリアの5割くらいが感じられると丁度良い。
テクトニクスは建築の本質ではない。建築の本質を作るためのテクニークである。しかしこれを外すと建築を作れない。言えば建築の修辞である(というと軽すぎるだろうか)?デンマークでの講演のお題がテクトニクス。正攻法で直球で返すか????
胡錦濤路線の継続が及ぼす影響
やっと最後のc入試が終わった。明日学長との会議が終われば今年度の入試業務は全て終了。私大の入試はとにかく大変だ。その仕事がすべて主任マターだというのも辛い。信大時代は入試委員という役があったのだがここでは主任が入試の責任者。入試は失敗が許されないから気を張る。
帰宅してだらだら読んでいた沈才淋『大研究中国共産党』角川新書2013を読み終える。習近平就任の前段としての薄 熙来の失脚劇が、彼の打黒唱紅(中国共産主義の原理的な復活)を阻止するためのモノであったことを知る。これによって胡錦濤の社会主義市場経済は継続され未曾有の経済発展はおそらく継続し、世界は中国から多くのことを見習うことを余儀なくされる。これは何を意味するのだろうか?社会主義市場経済成功の最大の原因は優秀な少数の集団独裁体制にあるのではないか?中国では習近平を含む7人の政治局常務委員が意思決定すれば物事は進む。決定から行動まで時間がかからない。これは日本の企業、あるいは大学などにも大きな影響を及ぼすような気がする。つまり私企業、私大の取締役会、理事会での決定が社員、教員などの合議を得ることなく、アクションプランとして進められる可能性が高くなると言うことである。これにはメリットデメリットがあるのだが、中国の成功はこれらを正当化していくはずである。
デンマークの建築家にあげる印を彫る
午前中、来週行く北欧の荷物をチェックしながら、王立アカデミーで会う予定のRene Kuralに思いを馳せる。最後にあったのがいつだったのかよく覚えていない。日本のどこかの居酒屋だったような気がする。何かお土産を持っていこうと思い、日本好きの彼に僕の大事にしている遊印(書や日本画に押すはんこう)をあげようかと思ったが、ちょっと惜しい。家にそういうの余ってない?と配偶者に聞くと彼女が「ちょちょっと彫れば?」といとも簡単にできそうに言う。確かに中学生のころ書道の時間に「卓」という字を彫った。そんなに難しくなかった記憶が蘇る。そこで配偶者に道具を借りて彫り始めたのだが、あれれ、結構難しい。こんなだったかな?Reneに挙げるので礼根と彫ることにしたのだがなかなか終わらない。
引っ越した先の金町研究室の整理
午前中はこの間作った住宅の取材を受けて、午後金町キャンパスに向かった。事務所から丸の内線を使って国会議事堂前に行き千代田線に乗り換える。運悪く北綾瀬行きが来たのだがそれにのって北千住で後から来た取手行きに乗り換える。金町で降りて徒歩8分。だいたい1時間かかる。
研究室は未だ段ボールの山。研究室の学生が殆ど全員来てそれを開けてしかるべき場所に移動。研究室は二部屋あり大きな学生部屋と小さな教員部屋。「小さな」と言っても20㎡以上あり、それを僕が占有するのはもったいないので教員部屋を模型作成部屋として 僕は学生部屋の片隅にコーナーを作って座ることにした。新しい家具を買うお金もないので、古い事務機器はそのまま移動。その代りすべての机の上には4×8のランバーコアを切ってクリア塗って乗っけて少しは見栄えをよくした。
5時過ぎに大学を出て新建築のある霞が関に向かう。金町から千代田線で一本と高をくくっていたのだが結構かかる。あの霞が関ビルに初めて入ったが、45年たったビルとは思えず中はとてもきれい。新建築のインテリアもすっきりして一望できる使いやすそうなオフィスランドスケープ。席は職位に関係なくフラットに並んで仕事されているようである。最近はどこもそうである。
紅白の梅が今日開いた
一日中、明後日締め切りの原稿書いたり、デンマークで使うパワポを作ったりしていた。夕方配偶者と近くに寿司を食べに出ると、向かいのマンションに紅白の梅が咲いていた。全然気が付かなかった。いつも通るところなのだから今日咲いたに違いない。それにしても、最近とても暖かい。
最高の料理を作ってください
本日は理科大の卒業式。1983年、30年前に自分の卒業式に出た記憶が無いしその後卒業式なるものには、教員時代を含めて出たことが無かった。しかし本日初めて出席した。そして「ああ卒業式っていいものだなあ」と思った。理科大管弦楽団がワーグナーを演奏した時は理由もなく涙がこぼれ「建築は音楽に及ばないなあと」感じた。いい音楽を聴くといつも建築をやっている自分に嫌気がさす。しかしなんとか建築にしがみついている。その後秋山仁さんの記念講演があり、「人生山あり谷ありだがゴールを見失うな、自分もそうだ」という言葉を聞きほっとした。「才能は努力の後についてくる」という秋山さんの言葉は僕もいつも言い続けている。「天才は努力する才」だと。
さて本日の卒業証書、修了証書という一枚の紙っぺらの重みは大きい。これで君たちは私大の高い学費をこれ以上払わなくていいということが証明されたわけである。そのことに対しておめでとうと申し上げたい。そしてこれからこの紙っぺらを使って思う存分今まで注ぎ込んだ資金を回収していただきたい。
この紙っぺらは君たちが星のついたレストランで働く資格を保証する。しかしまだ料理を客に食べさせたことのない君たちにとって何が一番重要なことなのか?食材か?料理法か?no! まだ君たちが全く経験したことのない、習ったことのない最も重要なことは、客が食べたいと思う時に一番いい温度で料理を出すタイミングの取り方である。
欲しいと思っている相手の気持ちを読むすべである。タイミングを逃すとだれも何も食べてくれない。これを肝に命じて最高の料理を作っていただきたい。おめでとう。
ちゃりんこで建築家会館へ、こぶし満開
JIAで修士設計展のシンポジウムに出かける。ちゃりんこでのんびり15分くらい。今日は天気も良く気持ちいい。建築家会館のホールに30近い作品が展示されている。昨日槇文彦さんが審査をされて最優秀賞、優秀賞、佳作が選ばれていた。しかしさすがに甲乙つけがたい力作で槇先生も順位をつけるのは難しいという発言をされたそうである。
パネラーは小林克弘(首都大学東京 教授)、杉浦久子(昭和女子大学 教授)、 古市徹雄(千葉工業大学 教授)、安森亮雄(宇都宮大学 准教授)そして私。各大学の修士設計の取り組み方、これまでの作品紹介などしたうえで、JIAの修士設計展と東京コレクションとの違いなど、かなりつっこんだディスカッションが展開された。なかなか貴重な情報交換の場であった。終わってまた外苑東通りを四ツ谷にぶらぶら帰る。こぶしが満開。