Taku Sakaushi

Diary

甲府のイデア

On August 19, 2010
by 卓 坂牛

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1カ月ぶりの甲府。地鎮祭も出られなかったので着工してから始めて現場に来た。昨日が建て方で屋根の垂木以外はほぼ木軸が建ちあがっていた。昨日の甲府は今年最高の36.8度。大工さんは本当に御苦労さまである。
この建物は見ての通りとても普通の形をしている。仕上げも屋根は瓦葺き外壁は瓦調タイルとモルタル。このあたりに普通に建っている住宅とさほど変わらない。内部もベースは古典的中廊下。唯一普通じゃないのはコアと呼べるようなものが中に分散しており残ったところが部屋と見えるような状態になっているという点だけ。いつものことだが、建て方が終わるとこの骨が被覆されてどう変わるのだろうかと想像たくましくなる。甲府に来る車中読んでいた木田元・計見一雄『精神の哲学・肉体の哲学』によれば、イデアもエイドスも見ると言う意味の動詞、イディン(現在の不定形)とエイデナイ(過去の不定形)の過去分詞なのだそうだ。だからどちらも「見られたもの」という意味だったと言う。しかし徐々にイデアは目では見えない理念となり、エイドスは目で見える形となったと言う。この骨を見ているとこれは「イデアだな」と思う。いずれ見えなくなると言うことを含めて。そして徐々に被覆されながらエイドスが顔を出していく。この骨が服を着るとき、イデアがエイドスとなる過程が僕は好きである。

ニューアーバニズム

On August 18, 2010
by 卓 坂牛

二冊の都市計画の本を読んでみた。一つは日笠端・日端康雄『都市計画(第三版)』共立出版(1977)2009とピーター・カールソープ倉田直道・倉田洋子訳『次世代のアメリカの都市づくり―ニューアーバニズムの手法』学芸出版社(1993)2004。前者は大学の教科書本である。よくまとまっているが内容は改訂されてはいても70年代。敢えてそうした昔ながらの都市計画理論をおさらいしてみたかった。一方後者は90年代にアメリカで起こった「ニューアーバニズム」の教科書である。著者ピータ―・カールソープは公共交通志向型開発(Transit Oriented Development)の発案者でありニューアーバニズムの提唱者の一人である。ニューアーバニズムの特徴は、歩行者優先、環境に優しい公共交通、歩行圏内での多様な用途複合、街路のアクティビティ、自然、住民参加、などである。具体的にその方法論を眺めると拠点駅から歩行10分圏内に公共交通を走らせ拠点商業と住宅を快適な歩行空間で連結すると言うものである。例えば長野駅から南は信大、北は善光寺あたりが歩行10分圏である。規模としてはぴったりなのだが、さて実際はと言うと、その中に拠点商業は無い、快適な公共交通が無い(バスはあるがあまり快適で使いやすくない)、緑豊かな歩行空間が無い。と無い、無い尽くしである。この状況を改善するには、先ず郊外の巨大商業施設の出店を政治的に阻止し、圏内に箱を用意して誘致する。次に緑豊かで快適な歩道とバス停の整備。加えて、圏内の集合住宅整備による人口密度の上昇。この三つが出来たらそれでかなり町は改善されるように思うのだが。お金が無いと逃げないで市庁舎作る前に、こう言うことに知恵とお金を使ったらどうだろうかと思ってしまうのは浅はかか??

四ッ谷出身が甲子園で頑張る

On August 17, 2010
by 卓 坂牛

プラハとウィーンとブタペストに行って来た友人に会った。どこも記録的な冷夏で寒かったそうだ。それに比べると、先日行った蘇州は40度。東京も36度。世界中記録的な夏になっている。僕は寒いのが嫌いだからどんどん暑くなれと内心思っている。しかしこんな時に甲子園で野球やっているのも尋常ではない。今日は早稲田実業と関東第一高校の試合で関東第一が勝った。東京西と東の対決。この二つのチームには小学校の同級生がいたそうだ。今朝の朝日の朝刊にそのことが書かれていた。僕の事務所のある荒木町にはその双方を励ます垂れ幕がかかっている。四ッ谷駅のそばの小学校に2人は通っていたそうだ。その小学校は現在閉校。選挙の投票所になっている。昔は負けると涙を流し悔しがっている姿がテレビに映し出されていたが、今は清々しい顔でここまできたことに十分満足しているような顔である。時代は変わった。

アルゼンチンワークショップ

On August 16, 2010
by 卓 坂牛

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今日は東京36度と言う予報。事務所に行ってから近くの歯医者へ。お盆前にとれてしまった詰め物を入れてもらった。お盆の間内装リニューアルできれいになっていたのだが照明は全部LEDになっていた。そんなもんだろうか。
事務所は未だ半分お盆休み。施工図チェックしたり、新しいカメラで模型撮影したり。
10月に行うアルゼンチンとのワークショップのポスターが研究室から送られてきた。なかなかきれいにまとまっているが、ちょっと情報が小さくくないだろうか?段々老眼になると小さい字が見えなくなる。
信州大学にはヴェネチアヴィエンナーレキュレーターのロベルトという若手の建築家がやってきて二日がかりのワークショップ、レクチャー、地元建築家と「新旧の町づくり」というテーマでシンポジウムなどをやる予定である。是非興味のある方はワークショップへの参加、聴講などなどお待ちしてます。
情報が欲しい方は遠慮なくメールください。
sakaushi@ofda.jp

防衛省の塔

On August 15, 2010
by 卓 坂牛

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いつも6時以降は寝てられないのに今日は10時まで寝坊できた。実に快適。朝食をとって小谷野敦の『日本文化論のインチキ』を読み続ける。日本文化論にこだわらず、日本の内外を問わず、また学のジャンルを問わず、学問的根拠が希薄と思われる論が挙げられては落とされる。ヘーゲル、マックスウェーバー、ユング、河合準雄、岸田秀などなど。確かに少なからず思っていることを「どうどうと言ってくれてありがとう」と思う一方、読んだことも無いものはよく分からないし、人間ひどい部分だけではないわけで、一刀両断で切り捨てるのもどうかなと思う。この著者はその生い立ちやら自己紹介を読んでいるとかなり曲がりくねった性格のようで、だからこういう語り口になるのだろうかと穿った見方をしてしまう。飽きたので木田元・計見一男『精神の哲学・肉体の哲学―形而上学的思考から自然的思考へ』講談社2010を読み始める。夕方陽も落ちかけた頃、かみさんとジェクサーに汗を流しに出かけたらお盆休みだった。仕方がないので家に戻りズボンだけ履き替えてジョギング。20分もしたら汗が噴き出てきた。須賀神社を回って帰宅。風呂につかる。湯上りにテラスで風にあたる。防衛省のタワーが見える。あれがこちら側に倒れてくると、ちょうど僕の住んでいるマンションが潰れるだろうなあといつも思う。加えて、どうしてあんなごっつい塔を建物の上にのせるのか不思議。建物内にごっつい構造が現れてかなり使い勝手を制限されるだろうに。それでもこのほうが経済的ということか?

オリンパスペンライト

On August 14, 2010
by 卓 坂牛

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10時にホテルを出る。今回のホテルはFour Points by Sheratonという5つ星。クライアントが取ってくれたホテル。コーナーシングルで部屋に入ってすぐ左側がガラス張りのジャクジとシャワールームとトイレと洗面。それだけで10畳くらい。部屋はキングサイズのシングルでデスク付き。これで一泊朝食付き550元。今のレートなら7700円くらい。今回の中国でこれだけは安いと思えた。このクラスは上海なら2倍か3倍らしい。特にこの万博の季節ならそうだろう。午後一の飛行機で羽田へ。機中小谷野敦『日本文化論のインチキ』幻冬社新書2010を読み始める。
羽田に着いてクライアントと中華料理を食べに行く。お腹が空いた。中国から帰ってすぐ中華料理もないよな。と思ったがラーメンが食べたかった。中国の料理と日本の中華は大分違うと思う。ところで行く前に買ったオリンパスペンライトが優れモノだと感じた。手ぶれ補正があるので夜でもかなりの写真が撮れる。カメラもさることながら、広角ズームがあるのはオリンパスと、lumixだけだった。オリンパスは35mm換算で18ミリ~36ミリ。lumixは下が14ミリだった。これはとんでもない広角だが値段がオリンパス5万lumix10万なので諦めてオリンパスを買ったが、やはり今持っているGRの広角とは画角でかなりの差がある。

驚ろきの蘇州

On August 14, 2010
by 卓 坂牛

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午前中蘇州の拙政園に行く。600年前、明の時代の屋敷と庭園である。駐車場に車を停めるまでの一キロくらいの道が戦争状態。車線も何もない両側通行の道を車と人バイクと自転車が我先に進もうとする。50センチくらいずつ進むのだが1キロ進むのに1時間。やっと車を停めてこの庭へ。中国では旅行ブームだそうで観光地と言う観光地はとにかく人人人。裕福になったということだ。この庭(日本で言えば後楽園のようなところ)の入場料は1000円もする。中国の物価は日本の三分の一くらいと思っていたが最近は日本と同じ、下手をすると日本より高い。スタバは同じ、マックは日本より高い、蘇州にはそごうデパートが入っているが、ここに住む日本人に言わせれば日本より高いという。
午後は蘇州の新しい工業団地を見る。拙政園がある旧市街の両側に新しい町が広がる。そこに住む方にこの新しい町を案内してもらう。蘇州は中国の市の中でGDPが8番目くらいの裕福な市。15年くらいの間に旧市街の両側に超高層と湖と工場が林立した。人口は約800万人。15年で東京都区部くらいの町ができてしまったということである。その事実はここに昔から住む中国人にとっても驚きだそうだ。そりゃそうだろう。15年と言う短期間にどこから人と金が湧いて来たのか?

大倉工場最後の打合せ

On August 13, 2010
by 卓 坂牛

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9時半羽田から上海ホンチャオ空港へ。成田~プ―ドンに比べとても楽である。機内は万博のせいか満席。上海は39度。東京の比ではなく暑い。ホンチャオから大倉(たいそう)へ迎えの車で1時間。ホテルにチェックインしてから大倉工場へ。最後の駄目工事の確認である。建物内外を一周するだけで汗が噴き出ては乾き噴き出ては乾く。現場所長、PM会社の社長、クライアントの社長を含め最後の打合せ。さらなる修正工事を依頼して8時ころ会議を終える。体中の水分が全部搾り出た感がある。夕食に中国特有の薄いビール(3%)を水のように飲みやっと元の体に戻る。夜事務所からのメールチェック。ある現場の地鎮祭に出られないのをクライアントが不満に思っているらしい。とは言え。その日は博士の入試。大安を逃せば短い工期がまた短くなる。苦渋の選択だったのだが、、、、まあクライアントの気持ちも分かるとはいえ、体は一つしかないし、、、、、

死と日常

On August 11, 2010
by 卓 坂牛

明け方暑くて4時ころ目が覚めた。CPUを見たらアルゼンチンの翔勲からメール。返信してから寝ようとしたが寝られないので池田晶子『事象そのものへ』トランスビュー2010を読み始める。「事象そのものへ」というタイトルは昨日読んでいた『世界を変えるイノベーションのつくりかた』の観察の注意点に共通する。先入観をとりはらい事実をそのまま記述せよという指摘そのものにも聞こえる。そう思って読んだらこの言葉はフッサールの合言葉だそうで。現象学そのもの。つまりイノベーションに現象学的態度は不可欠ということになる。ということはさておき、僕は池田晶子の本を始めて手にしたのだがとても印象的な二つの主張に出会った。一つは死を伴侶としない哲学には力がないということと、もう一つは常識を深化するところに哲学は発生するということである。そんなのどこが印象的なのかと問われればきちんと答えられそうもないのだが、人間が何かをいいとか悪いとか価値があるとかないとか言うのは何だってきっと相対的なものでしかない。ダイヤモンドだってガラスよりきれいかもしれないけれどあれに絶対的な価値がある訳ではない。でも人間の生には絶対的な価値がある。死にはもちろんその逆の価値が付きまとう。また人間の思考の原理が日常の延長上にあるのか超越的な何かをもとにするのかはそう簡単に決められることではない。いや僕は超越的な何かを否定するつもりはないし、それがあるとも思っている。でもそのことは日常的な思考を無化するわけではないし、むしろ僕らが生きていく原理は日常の延長にあるべきだと感じている。そうした日常普通に思っていることが記述されていることが印象的だったと言うことである。

菅平で建築を考える

On August 10, 2010
by 卓 坂牛

午前中、学科の先生4人で菅平へ向かう。繊維学部が使用していた研修施設をもはや使わないと言うことで建築学科で譲り受けた。まだ立派に使える建築物。300㎡くらいあり、2段ベッドルームから大部屋和室といろいろある。使う以上は維持管理しろと言うことで先ずは草刈りをしにやってきた。ガソリンエンジンのビーバーで4人で約4時間。雑草、雑木を根こそぎ切り倒し、草むらの中の研修所を土の上に蘇らせた。それにしても菅平まで上がると空気がさわやかになるし温度が5度くらい下がった感じ。この季節菅平はラグビー一色染まっている。草刈りしていたらラグビーボールを二つ発見。先生のうち一人は東大ラグビー部だったので目の色が変わる。
12時に仕事を終えて下山。車の中でこの施設の有効利用のアイデアがいろいろ上がる。「先ずラグビーチームを作ろう!!」「サッカーチームも是非」「コンペ合宿!」「模型はいくらでも作れるぞ」などなど、さてどうなることやら。大学に戻ると研究室の学生から学会コンペの2次審査に通ったとの嬉しいお知らせ。めでたしめでたし。大会に行くモーチベーションが上がるね。昼をとってから東京へ。アサマ車中『東大式世界を変えるイノベーションのつくりかた』を読む。観察のしかたについての注意点が参考になる。
1、 はじめての気持ちで臨む
2、 見たものだけを記述する、解釈を加えない
3、 人中心のことばでまとめる
4、 観察対象は両極端を選ぶ
何かの建築を作るためにそのユーザーを観察することがある、あるいはその敷地を観察することがある。また、公園設計をする時(今まさにしているが)そこを通る人を観察して、敷地を観察しなければいけない。そんな時にこれらの注意点はとても貴重である。現象をありのままにテープレコーダーやビデオのように記述するということである。

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